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八九寺「じゃあ阿良々木さんがお嫁に貰ってくれますか?」



 八九寺真宵は小学生で僕の友達である。
とかなんとか言い出してみると、
僕と八九寺のパーソナルを比較、検証した後
大抵の人はなんかもう居た堪れない気分になるような
視線を僕にぶつけてくるだろうと思う。

 それに対して僕はこの国に戦争や紛争ような暴力がなく、
平和であるという対外的な名目に反する治安のよくない情勢を嘆くべきなのか
それとも自分自身の外見に対して嘆けばいいのかわからないところだが。
しかし、嘘は言ってないし偽ってもない。
真実を隠蔽したわけでも歪曲させた訳でもない。

 ただただそれは真実で現実で事実なのだ。
僕は八九寺真宵を道端で見かければ気軽に声をかけるし、
その逆だってよくあることで、
直接問うたことはないけれど僕達は確かに友達だった。


 今年の春休み、僕は人間じゃなくなって、
いまもその後遺症が残る人間もどきだし。
八九寺だって素直に普通の小学生とは言えない程に
色々と抱え込むことがあるけれど。

 それでも。
 それだからこそ。

 僕達の友情は普通よりも硬く、普遍よりも強く、普段よりも靭くあると
そう、信じていままで仲良くやってきたつもりだった。
普通じゃないからこそ、普通らしく。
だけれどそれは、永遠ではない。
陳腐でチープな言い回しだけれど、
しかし僕はそれをどこか忘却していて。

 だからこのお話は、端的に言ってしまえばただの喧嘩だ。
友達の大切さを忘れ、友情を当然と思い、
友愛を平然と扱い、そして仲違いしてしまった。
ただの盛大に軽快な、ちょっとだけ複雑な喧嘩。
そしてそこからの仲直りのお話。

 雨降って地固まる。
たったそれだけの、お話。

 『まよいフォックス』

 目が覚めると夜だった。
なんて言ってみるとなんとなくファンタジー系の匂いがしないだろうか?
夜の世界に閉じ込められたとか、
世界の時間が止まったみたいな方向性で、
少しばかり終焉の感じが見え隠れするような気がする。

 なんて、実際は僕が単に昼寝をしてさらに寝過ごしただけだけれど。
それに春休みの二週間はむしろそれがデフォルトだったし、
目が覚めて真っ暗闇というのは別段どうってことはない事態だ。
真っ暗でも部屋の中見えるし。

 のそりと起き上がり布団をでて時計を確認すると、
寝すぎとかどうとか言うレベルの寝過ごしではないことが発覚。
すでに日付が変わって一時間という時刻だった。

「……いや、これはないだろ。
 いくらなんでもこれはない、今日……じゃなくて昨日一日の起床時間がどうなるんだよ」

 えっと……? 休みだと言うのに八時に妹達に起こされて、
朝食を食べながらテレビを見て、
昼を過ぎた頃に昼寝してそのまま――か?
二十四時間の内の二十時間近く寝てる計算になるぞ。
マジかよ。なんで誰もなにも言わなかったんだ……。

 折角の休みを無意義に消費した後悔で軽く凹む僕。
こんだけ寝たらもう明日の朝まで寝れる訳が無い、

 普段から夜型の人間はいいかも知れないが、
突然夜に目が覚めると正直暇のつぶし方に困ると言う。
外にでても店なんか開いてないし、
友人知人に連絡しようにも迷惑になるだけだし。
春休みのときも羽川が漫画を持ってきてくれなければ
学習塾跡に居る時間のほとんどを退屈に過ごしていただろう。

「……散歩でもするか」

 暗い部屋の中でうっすらと見える自分の影と
しばしの間睨めっこをした後、なんの変化も見られないのを確認して
立ち上がった。

―――

 周囲は闇夜と呼ぶにふさわしく、
多数の羽虫に集られた街灯が等間隔で小さく光を放つ
その周辺のみが仄かにスポットライトのように宙に浮かんで見える。
田舎と嘆くほどではないにしても、決して都会ではない僕の街、
その唯一の光源の幾つかは明滅を繰り返しどことなく不気味な雰囲気を醸し出している。

「この時間じゃあ流石に八九寺も居ないだろうしなぁ……」

 季節柄のひんやりとしたか風が僕の頬を撫でる中、
ゆっくりとした歩調で僕は近くの公園を通り過ぎようとして――。

「おや、せせらぎさん」

 噂をすれば影が差す。
その言葉の意味合い、強さについては僕はこの身に沁みているが、
しかし前述の通り現在は深夜、小学生が出歩いていい時間ではない。

 月明かりもそぞろな公園の入り口。
いつものリュックを背負い、ブランコに腰掛けていた八九寺が僕を呼ぶ。
僕は、いくつかの言いたいことを封じてとりあえずはいつものように返す。

「春の透き通った川の爽やかな流れみたいに呼ぶな、
 僕の名前は阿良々木だ」
「かみました」
「違う、わざとだ……」
「かみまみた!」
「わざとじゃない!?」
「狼マスター!」
「カッコいいっ!?」

 まるで狗神遣いのような肩書きを得たところで一区切り。
僕はため息を一つついて公園に足を踏み入れる。

「なにしてんだ八九寺」

 小さく足を動かし、ブランコに揺られ揺られる八九寺。
まぁこいつに限って一般の女子が不安に思うような事態は起こらないだろうけれど。

「見ての通り、私に帰る家のあてなんてありませんから朝までの時間つぶしです」

 あっけらかんと言い放つ八九寺に、
しかし僕は一瞬言葉に詰まる。
こんな時間に八九寺と会うことがいままでなかっただけで、
今日だけでなくこれまでずっとこうして夜を過ごしていたのだろうと。
そんなことは少し頭を巡らせれば自明のことで、
でも僕はなんとなしに、どうにかしてるのだろうと勝手に納得していた。

 まるで、沢山撫でてやって、
明日の今頃には居なくなってるだろうと思ってた箱に入った捨て犬に
次の日同じ場所で出会ってしまった時のような、バツの悪さ。

 しかし、僕の家に招くような雰囲気でもないし。
実際招いたところで月火と火憐が同じ屋根の下に居る以上、
押入れにしまっておきでもしなければただでさえ危うい僕の
家庭内の立ち位置が決定的に崩れ去ってしまうことは目に見えている。

「……そっか」

 だから、いま僕にできることなど大してない。
慰めなんて意味が無いし、
家に招くことも別の住居を宛がう事もできない。
なら僕がここで取るべき選択は。

「まぁ、僕も似たようなもんだ。
 いまさっき目が覚めたところでさ、丁度いいから話し相手になってくれよ」

 この程度、今日一晩に限り八九寺に募ってるであろう
寂しさを切なさを、紛らわせてやる程度のこと。

「こんな深夜に起床とは、阿良々木さんはずいぶんと不規則な生活をしているようで」
「同じ時間に起きてる小学生にどうこう言われたくはないけどな……」

 八九寺の隣、空席のまま風に揺れるブランコに腰掛ける。
八九寺はそんな僕をチラリと横目で窺って、
そして何事も無いかのように足元に目を戻した。

「しかし阿良々木さんはどうしてこんな時間に起きたんです?」
「ん、いや……」

 まぁ、普通の疑問だよな。
でもどうしよう、素直に答えたらまた辛辣な言葉をかけられるんだろうなぁ。
丸一日をほとんど寝てすごしたとか、当然ながら受験生の行動じゃねぇもん。

「その、ほら、そろそろ受験も本格的に近づいてきただろ? だから、そのさ」

 とりあえずお茶を濁してみた。
小学生に対してすら見栄をはる無様な僕がそこにいた。
でもまぁ、それでも八九寺のことだからそんな僕の虚栄心など見透かして
鋭く事実を言い当てて色々言われるんだろうなぁとか思っていると。

「あぁ、先日に徹夜でもして、変な時間に寝てしまったんですか。
 ダメですよ、勉強というのは長い時間続ければいいというものではありませんよ
 時間の長短よりも集中力が問題ですから、そんなことしてたら身体が持ちませんから」

 呆れた様にため息を付きながら普通に心配された。
……あれ、言葉上では上手く誤魔化せた感じなのに全然嬉しくない、
それに助かったという安堵も浮かんでこない。

「でも、頑張ることはいいことですから。
 私は阿良々木さんを応援してますよ」

 笑顔。
子供の純粋かつ無垢な笑顔を僕に向ける八九寺。
その言葉、その笑顔に僕は――。

「ごめんなさい! 嘘つきました!」

 速行で膝と両手の平、そして額を地につける土下座の形をとり
大声で小学生女児に謝罪を述べる僕だった。
しかし八九寺はそんな僕に対し、
先程の笑顔とは似ても似つかぬ嫌らしい笑みを浮かべて。

「はい、知ってましたよ」
「なっ、謀られた!?」
「阿良々木さんはこういう反応に弱いって羽川さんが言ってました」
「被害者同盟こえぇ!」

 羽川と八九寺が仲良くするのは、
絶対に悪いことじゃなくて、きっと良いことなんだろうと思うけれど
こういった情報の共有は僕としてはいただけない。
八九寺にうかつにセクハラすると羽川にちくられるんだもんなぁ。
まったく世知辛くなってしまったものだ世界も。

「いえ、今も昔も変態に対する対処の仕方は変わらず即逮捕です」
「……」
「おや、反論しないんですね変態木さん」
「変態木!? 流石に無茶が過ぎる!」
「ではロリコン木さんとでもしましょうか」
「もうなにがなんだかわからない!」

 静まりきった夜の公園で、
やかましくも姦しく談笑する僕達。
傍から見れば歪でも、この時僕達は確かに笑っていた。

「おや、もうこんな時間ですか」

 そうしてしばらくの間普通に就寝してる近隣住民に
迷惑をかける会話を連ねていると、
不意に八九寺が時計も見ずにそういった。
言われて空を見上げれば、
端の方が少しずつ明らんできたのが確認できた。

「ずいぶんと話し込んじまったみたいだな」
「楽しい時間はすぐ過ぎると言いますし」

 八九寺はいいつつブランコの動きを
地面に靴底をするようにして止める。

「なんだ、もう行っちまうのか?」
「えぇ、そろそろ活動し始める方々も増えますし、
 阿良々木さんも今日は学校があるのでしょう?
 早いところ家に帰らないと仕度が間に合わないんじゃありませんか?」
「ん、確かにな」
「それに妹さん達に見つかっても面倒なんでは?」
「ん……、確かにな……」

 流石にかなり寝溜めしたし、
まだまだ僕は眠くないので本音としては
もうしばらく八九寺と身にも実にもならない会話を続けて居たかったんだが。
妹達に発見されて一々変な追及なぞ受けたくはない。
特に火憐の方は最近やたらに僕に絡んでくるし。

 別にやましいこと、例えばエロ本とかを買いに行ってた訳じゃないので
そこまで気にすることではないのだろうけど、
嫌なものはやっぱり嫌だし。

「あぁ~あ、早く一人暮らししてぇなぁ」
「学生ニートの阿良々木さんには夢のまた夢ですよ」
「……確かにバイトの一つもしたことないけどさぁ」

 だけど学生ニートって……。
小学生に言われたくねぇなそういうの、
色々と切なすぎる。なんだろうこの切なさ。

 僕が心から沸きあがる謎の感覚に耐えようと
目頭を指先で押さえて白む空に顔を向ける。
あぁ、綺麗だな空。やけに滲むけど。

「おや、どうしました阿良々木さん」
「えっと……、よくわかんないや……」
「自分のことなのによくわかんないとは
 だからダメなんですよ駄目駄目さん」
「お前が僕に暴言を吐きたいだけなんだということはわかるぞ!」
「暴言? 事実を述べたですけど……」
「現実はいつも僕に辛辣だ!」

 とかやった辺りで本日は解散。
八九寺は「それでは阿良々木さん、ごきげんよう」と言って
またとことこ小さい歩幅でどこかに歩いていってしまった。

 きっと八九寺は、また僕にどこかで話しかけられるまで、
もしくは八九寺自身が僕に話しかけてくるまで、
一人でずっと当てもなく歩き続けるのだろう。

 そう思うと、いまからでも追いかけて呼び止めて、
僕の家にでも連れてって居候でもなんでも
座敷童子のように居座らせたいものだけれど。
扶養されてるただの学生ニートであるところの僕は、
こういった事態に対し非力どころか無力で。

「はやく一人暮らししてぇよなぁ……」

 八九寺の寂しさを見過ごすしかできない自分に、
異様に腹が立った。

―――

「兄ちゃんどこ行ってたんだ! 心配したじゃないか!」

 住宅地の端の方、太陽がじわりじわりと姿を現す中を
僕は玄関ポストから中を覗いて内側で待ち受ける誰かが
存在しないことを確認して音もなく帰宅。

 五分五分程度と思っていたが、どうにか今回は
バレずに済んだようだと軽く安堵をしつつ
暖かい家内の空気に身を任せて自室に戻る僕。
朝の空気は比較的綺麗で、今日みたいに
散歩から帰ってきた時に感じる家の匂いというものが
なんかやけに落ち着いたりする。
こういう匂いというのは各家庭それぞれにある、
他人の家に行くとすぐわかるなんとも言えない匂い。

 なんだか女の子の家に関して匂いとか言うのも
やや変態っぽい気がして困るのだけれど、
実際神原の家も、戦場ヶ原の家も、千石の家も、
それぞれそういう匂いがあった。
羽川の家には、まぁ、行った事がないのでわからないが
なんか消毒液の匂いがするんじゃないだろうかとか勝手に想像してみる。
病院みてえだ。
矯正プログラム。リハビリ。

 まぁ、匂いというのはそれに限らず
人間に対して色々と影響を及ぼす物で、
逆にあまりにも標高の高い山とかだと
動植物が居ないためになんの匂いもなく
登山者達は非常に不安になるとかもよく聞く話で。

 つらつらとそんな思考を適当に流しつつ、
僕は僕の部屋、もっとも僕が落ち着く場所に帰依した。
した、ら、何故か大きいほうの妹、
栂の木二中のファイヤーシスターズの実践担当、
阿良々木火憐が僕のベッドででかい身体を猫のように丸めて転がっていた。

「……心配してくれるのは兄として、まぁ、喜ばしいことなのかも知れないし
 場合のよっては心配かけた事に対し謝罪をしてやってもいいけどさ」

 僕は僕の姿を見るなり上体を起こして大声を出す火憐に近づいて、
側頭部に鋭くハイキックを見舞ってやった。
火憐は避けようともせずベッドに再度ぶっ倒れたが無視。

「なんでお前がこんな時間に僕のベッドで寝てんだよ!」
「兄ちゃんの帰りを待ってたに決まってんだろ!」
「意味がわからない! なんでそこで待つ必要があったんだよ!」

 フェイントか? フェイントかけたかったのか?

「確かにここで待つ必要はなかったけどさ……」
「なかったのかよ!」

 よいしょ、と言いながら起き上がってきたばかりの妹に再度蹴り。
今度は少し手加減したのだが、火憐は大げさにぐはっ! とか言いながらぶっ倒れる。
おきあがりこぼしみたいだなあとか思ったけど、
流石に蹴る理由が面白いからで蹴られては火憐も反撃してくるだろうので自重。
というかなんでこいつは僕の不在に気づいたんだろうか?

「そんなん気配で一発に決まってんじゃん。
 トイレに行こうと思って部屋をでたら兄ちゃんの部屋から兄ちゃんの気配がしねーからさあ」
「気配で!? すげえ! お前そんなことできたのかよ!」

 つーか気配で不在がバレるなら、
過去に僕が夜な夜なでかけた際の小細工は全て無意味となるんだけれど。
うわあ、もう迂闊にエロ本の一つも買いにいけねえじゃんかよ。

「まぁ兄ちゃんが夜に居なくなるのはよくあることだから最初は気にしてなかったんだけどさ
 一時間しても二時間しても帰ってこないからなにかあったのかと思って」
「なにか合ったって、例えば?」
「敵対勢力に捕まったとか、抗争に巻き込まれたとか」
「お前らと一緒にすんなや! 僕はただの一般人だからな!?」
「なに言ってんだ兄ちゃん、あたしの兄ちゃんである兄ちゃんがただの一般人な訳ないだろ」
「ぐっ……確かに! っていうか自覚あんなら少しは控えろよ」
「やりすぎなくちゃ正義じゃないってどっかの誰かが言ってたぜ?」
「んなもんを見本にすんな!」

 ぐだぐだだ。
なんかもうよくわからない。
えっと? なんの話してたんだっけ僕。

「兄ちゃんがどこでなにをしていたかという話」
「いや、火憐ちゃんが何故僕のベッドで丸くなっていたかという話だ」
「あぁそうか。ん~、でも大した理由じゃないぜ?」
「大したことなくても理由があるなら言ってみろ」
「兄ちゃんは家に居ないし他のみんなも寝てる訳で、
 折角だから兄ちゃんの匂いでも……」
「変態だーーっ!」

 妹が変態だった。
おかしいとは思っていたんだ、
なんかあの歯磨き事件以降やたら絡まれる(物理的に)頻度が増えたし、
僕も少しは仲良くなれたんだろうとか思ってたけど、
まさかそういう方向に妹が走り始めたなんて……。
恐るべき神原マジック、あの行為の残滓がこんなにも強い影響を及ぼすとは、
これも一種のつり橋効果なんだろうか?
あのとき僕が火憐に感じた可愛さとかその他諸々の決して抱いてはいけない感情を
火憐も僕に対して抱いてしまったのだろうか。
あぁ僕はなんて安易に神原マジックを使用してしまったんだろうか……。
大切な妹の今後の人生を狂わせてしまうなんて。

「そ、そんなに匂いをかがれるのが嫌だったのか!?」
「違うっ! いや、違わないけどどこかズレてる!」
「なら代わりにあたしの匂いをかいでもいいから!」
「お断りだ! なんで兄妹でお互いの匂い嗅ぎ合ってんだ!
 普通にヤバイ状況だからそれ! 母さんにでも見られたら即家族内会議だ!」
「そのときは素直にあたしと兄ちゃんの関係を白状すればいいじゃないか!」
「僕とお前の関係で親にわざわざ改めて言うことなんてなにもねえよ!
 ただの兄妹以外の何者でもねえ! 捏造すんな!」
「じゃあどうすればいいって言うんだ!?」
「なにもしなきゃいいんだよ!」

 馬鹿すぎる会話だった。
つーか時間を考えろという話だった、
まだ早朝だというのに、本当はお前ら親に発見されたがってるだろという声量だ。
落ち着け僕。

「ほら、僕は違うけど、男が初めて異性を感じるのは母親とか言うように
 火憐ちゃんも一番近い場所である兄の僕に変な風になってるだけだって、
 それがこの間ので助長されてるだけなんだからさ、
 火憐ちゃんは、彼氏居るだろ? 明日にでも会ってこいよ、そうすればきっと元通りに……」
「あっ、瑞鳥君とは別れた」

「ん?」

 いま、なにやら今後の明暗を決める
決定的な台詞が平然と吐かれた気がする。

「え? ちょ、……なに?」
「だーかーらー、あたしもう瑞鳥君とは別れちゃったし」
「は? え、なんで?」

 僕がそう聞くと火憐は
わざとらしく照れてますみたいなポーズを作って。
わかってるくせにぃ、とか本格的に僕のピンチを招く言葉を口にした。
……いやいやいや、意味がわからない。
ちょっと待ってよ、なにこの展開、
今回の話って八九寺がメインじゃなかったっけ?
なんで妹と危ない雰囲気醸しだしてんの?
落ち着け僕、もしかしたらこれは火憐のハイセンスなジョークかもしれない、
きっといまにも堪えられなくなった爆笑がこの部屋を包むに違いない。

「僕は騙されないからな! わかってるんだからな、
 僕がそこで火憐ちゃんに下手な行為に及ぼうとしたところでカメラを構えた月火ちゃんが
 ドッキリの看板もって突入してくることくらいな!」

 言いながらバンと部屋から飛び出してみたが、
廊下にはいまかいまかと出番を待つ月火はいなかった。

 ぎゅっと、いつの間にかベッドから立ち上がっていた火憐が
後ろから僕に抱き付いてきた。
遊びとか勢いでやってくるいつもの首に腕を回す形ではなく、
僕の胸の辺りに腕を回して、密着するように抱きついてくる火憐。

「火憐ちゃん……」
「なに、兄ちゃん」
「いまのところまだ明言はされていないから、
 勘違いかもしれないけどさ。マジなの?」
「うん……。ごめん」
「そっか……」

 僕は回された火憐の腕をつかみ、
少しだけ力の抜けたのを確認してから火憐に向き直る。
火憐は、頬を紅潮させ、瞳を潤ませてこちらを見ていた。僕は。

「ごめん火憐ちゃん」
「そ、うだよね……」
「そんなこと言われてさ、僕は兄ちゃんのままじゃいられない」
「えっ?」

 僕はそういって、火憐を抱き上げてベッドに放る。

「に、兄ちゃん?」

 慌てた様子の火憐に僕はなにも言わず、
覆いかぶさるように自分もベッドにあがる。
そして、火憐に顔を近づける。
火憐はそこでゆっくりとまぶたを閉じ、
僕は火憐の薄い桃色の唇に――。

―――

 秘技・章変えリセット。
なにも起こってないよ。
……いや、本当に、なにもしてないよ、
法に触れるようなことも、倫理的にまずいこともなんにも。
実際あのままだったら危なかったのは事実、
というか危ないもなにもストレートに及んでいただろうけど
そこはそれ、運命の悪戯とか神の意地悪とかそんな感じで
隣の部屋、つまりは妹達の部屋から目覚ましの鳴る音が聞こえてきたのだ。
……あとは、まぁ、察しの通りと言っておくしかあるまい。

 まぁ月火はそこまで寝起きのいいほうではないので、
即座に居間に移動、たまたま目が覚めたからテレビでも見てたんだよー
みたいな感じで流血沙汰は逃れたけれど
代わりに火憐とは後日改めて話さなくてはならなくなり
中途半端に終わった行為とかも含めて、
非常に気まずい感じである。
この心持のまま羽川と会ったら最後、
全て一瞬で悟られてしまうことは明白で
僕としてはもうどうしたらいいのか頭を抱えるばかりである。

 しかしいくら頭を痛めてもそんなすぐに解決策など浮かぶはずもなく、
受験生たる僕としては羽川に全てが露見する危険を目の前にしながらも
制服に身を包んで学校へ向かわなくてはならず、
僕はママチャリで温まりきらない朝の空気の中を
うんうん唸りながら前進する。

「む、おはよう阿良々木先輩。今日も清々しい素敵な朝だな」

 空気に居た堪れなくなっていつもより早く登校した所為か、
校門で痴話喧嘩を行うカップルを尻目に校内に入ると同時に
神原が軽快に僕の目の前に現れた。
自転車に乗っている僕の目の前に。

「あぶねえ!」

 意識を脳内に巡らせてばかりいた僕は、
それに気づくのが遅れ危うく神原を轢きそうになるが
甲高いブレーキ音を響かせて間一髪ストップ。
避けろよ神原。つか飛び出すなよ神原。

「なんだ、轢いてくれても構わなかったのに」
「その残念そうな表情をやめろこのドM!」
「無論阿良々木先輩だからこそだ。他の男の自転車には轢かれようと思わないから安心してくれ」
「全然安心できねえ! むしろ不安で一杯だ!」

 登場早々相変わらずの性能を見せてくれる神原。

 もう一回この位置関係でペダル踏み込んでやろうかと一瞬思ったが
しかしそれをやっても神原は喜ぶだけだし。
僕はと言うとたちまちこの変態のファンにフルボッコにされるだろう。
一定以上の知名度を得れば常に周囲にボディーガードが居るようなもんだ、
いいなあスター。

「どうした阿良々木先輩、具合が悪いなら私が太もも枕をして差し上げるが?」
「太もも枕!? なんだ太もも枕って! 初めて聞いた!」
「しかし阿良々木先輩、考えても見てくれ。
 普通に膝枕などと言っても、実際に頭が乗ってる部分は太ももじゃないか」
「まぁ、本当に膝に乗せたら後頭部痛いだろうし……」
「だから私はちゃんと事実に適した名称をつけるべきだと思うんだ。
 太ももに頭を乗せるならきっちり太もも枕と言うべきとな!」

 ……言いたいことはわかる。
わかるんだけどさあ、お前が言うとなんか反発したくなるよ神原。
他の事ならまだしも、こういう事だと特に。

「とりあえずお前の意見はわかった。
 つまり事実と名称が食い違ってるのが許せないんだな?」
「そういうことだわかってくれて嬉しいぞ阿良々木先輩。
 それに、太もも枕の方が耳にしてムラムラするしな!」
「あぁそんなことだろうと思ったよ! やっぱり神原は神原だな!」

 本当この後輩は期待を裏切らねえ。
それと、校門入ってすぐのまだ登校する生徒の多いこの場でそんなことを
声高らかに口にしていいのかよスター。
スターは周囲に常にボディーガードが居るのと同時に
周囲に常にマスコミが居るわけでもあるんだぞ?

「何を言ってる阿良々木先輩。私はすでに引退した身だぞ?
 スターとか言うのも昔のこと、今の私は普通の女子高生だ」
「それはどうだろうな……」

 夏休みに火憐に存在を教えられた神原の非公式ファンサイト、
その名も神原スールのことはまだ記憶に新しい。
火憐もあそこの訪問者数は衰え知らずとこの前言っていたし、
悔しいことにこの変態は面が結構いいからな、
もうしばらくはスターの肩書きは消えないだろう。

「っていうかそうだよその火憐ちゃんだよ!」
「ん? どうした阿良々木先輩、急に妹さんの名前を叫んで。
 とうとう妹さんの処女を奪ってしまったのか?」
「そうじゃねえ!」

 惜しいけど。
非常に世間的に厳しいことにその発言はかなり近いけど。
でも危うく惜しいどころド真ん中大正解になるところだったことを考えると
素直にそうじゃねえとも言い切れないけど!
でも違う!

「む、違うのか。 先程から阿良々木先輩の身体から妹さんの匂いが
 強く匂って来るんだが、そうか違うのか……」
「匂いで判断できるのか!?」

 いや、そういえば戦場ヶ原も匂いで羽川の存在を見通したことがあったな。
なんだそれ、一子相伝の極意みたいな物なのか?
僕にもできるかなその技、少し使ってみたいんだけど。

「なにを言ってるんだ阿良々木先輩。
 阿良々木先輩が本気になればこの位造作もないだろう?
 いや、阿良々木先輩の事だからな、きっと周囲10km以内なら
 どこに誰が居るか即座に風に流れる匂いで判別できるに違いない!」
「なに断言してんだお前!? 流石にそれは人間技じゃねえぞ! 無茶振りにも程がある!」
「ま、……まさかできないのか!?」
「できるかっ!」

 あー、ちくしょう面白いなぁ。
話が全然進まなくてイライラするべき場面なのに、
それ以上にこいつと話してると無駄に面白いから困る。
けど、今回は流石にこのまま解散でおじゃんでございますになっても困る。
家庭崩壊の危機が普通に接近してるんだからな。

「家庭崩壊……? やはり阿良々木先輩、妹君に手をだして……」
「そうじゃ――、……そうだよ」

 反射的に否定しようとして、
それだと振り出しに戻るので諦めて肯定した。
処女は奪ってないけど、しかし手をだしたのは事実だ。
蜂に刺された訳でもないのに、個人的感情に流されてキスをした。
それは手をだしたに含まれない筈がない。

「僕に歯磨きを使った技を教えたの覚えてるか?」
「ん? ……あぁ、あれか。覚えているぞ阿良々木先輩。
 あれは私の編み出した技の中でも五本の指に入る――」
「あれをな、前に上の妹にやったんだよ」
「は?」

 間の抜けた声を上げて、ポカンとした表情になる神原。
うん、まぁそうなるよな。
神原のこういう表情を見るのは珍しいので、写メでもしようかと思ったが
いまはそんな場合じゃない。

「あれを妹さんにやったのか阿良々木先輩」
「うん、罰ゲームと称してな」
「馬鹿じゃないのか?」

 ……発明した人間に言われた。
しかも思いっきり素で言われた。
なんだこの屈辱感。

「ははぁ、わかったぞ阿良々木先輩。
 確かあの頃に上の妹さんと少し仲良くなったとか言ってたのはそれが原因か。
 なるほど、歯磨きプレイは実際かなり"くる"物があるからなあ」
「ご明察だよ。素晴らしい着眼だ神原」
「そしてそれ以降親しくなった結果妹さんから本気で言い寄られて
 例の如く女の子と押しに弱い薄弱な阿良々木先輩はあえなく墜落といったところか」
「ご名答だよ。素晴らしく慧眼だ神原」
「……馬鹿じゃないのか?」

 あまりにも会話の内容が深くなってきたし、
時間も結構経ってしまったので一先ず駐輪場に移動。
自転車から降りて近くの植え込みに座っての会話であるが、
場所が変わっても神原の言葉は変わらなかった。

「なあ阿良々木先輩。馬鹿じゃないのか?」
「何度も繰り返すな! 自覚してるよそれくらい!」
「自覚してることは、自覚してないより良いとか思っては駄目だぞ先輩」
「お前は本当に戦場ヶ原に似てきたな……。
 戦場ヶ原がデレたからってそんな代役を務める必要なんかないんだぞ神原」

 僕の心がマッハで挫けそうだ。
なんで僕は後輩から虐められてるんだろう?
お前のパーソナルはドMだろうが、
なんで僕を軽快にSるんだよ……。

「まぁそんなことは置いといてだ」

 置いてかれた。
そんなことと言われた。

「つまりなんだ阿良々木先輩。
 阿良々木先輩は私が伝授した歯磨きプレイを妹さんに行ったら妹さんに惚れられた、と。
 そしてよもやとは思うがそれの責任を私に求めようなどということをしようと?」
「えっと……」
「それはな阿良々木先輩。
 銃を撃ったら、人が死んでしまい、その責任を生産してる会社に求めるようなものだぞ?
 結局は物や技術に罪はなく、それを扱うもの次第で意味が変わるのだ。
 パソコンのファイル共有ソフトの製作者だって無罪になっただろう?
 それともなにか、私は阿良々木先輩にアレを教える際、
 この技を妹さんに使うと惚れられるので注意してくださいと言うべきだったかな?」

 正論だった。
この上なく正論だった。
ここまで理路整然と言われて、なお我を通すほど僕は厚顔無恥でない。
いや、一時でも責任を神原に押し付けようと、
自分の行為の結果から目をそむけようとした。
それだけでも十分厚顔無恥な行動か。

「……ごめん神原。これは徹頭徹尾僕の責任だったな」

 情けない。
兄なら妹の全てを受け入れて然るべきとか普段はほざいてる癖に、
土壇場でこの有様か。そりゃ呆れるわな。
火憐もこんな兄に一時とは言え恋愛感情を抱いてしまうなんて、
しかも既に居た彼氏とも別れてしまって。
僕は火憐に取り返しのつかないことをしてしまったんだ。

「……阿良々木先輩の良いところは直ぐに素直に謝れるところだと、私は思うぞ」

 不意に、神原は先程までの批難する口調を改めて
普段の声質に戻し、小さくそう言った。

「取り返しの付かないことなんてない」
「神原……」
「いますぐ答える必要などないではないか。
 確かに流れのまにまに妹さんを抱きそうになったのは猛省すべきだろうが、
 しかし反省することと後悔することは違うぞ?
 妹さんを思うなら、妹さんにきっちり本音でぶつからなくてはな」
「……本音で、か」
「それで結果が近親相姦なら、なに国外逃亡すれば良いさ」

 そういってケラケラと愉快気に笑う神原。
僕は、なんというかころころと変わるその態度に嘆息しつつ。
ただ感謝の念をこめるばかりだった。

「ん……」

 と、神原が突然眉を顰めて珍しくも不快そうな声をだした。
僕はつられて神原が見ている先に目を向けると、
後輩と思しき男女の二人組みが喧々囂々と口喧嘩しているのが見えた。
どうやら校門前でやりあっていたのとは別のカップルのようだけれど。

「……また、喧嘩か」
「また、というからには、これが二度目以上ということか阿良々木先輩」
「これで三度目だけど……。神原もか?」
「うむ、同性だったりカップルだったりと様々だが、
 登校中だけで四組喧嘩していた」
「そりゃまた凄いな……、結構距離があるとはいえそれは異常だろ」
「しかも少し聞き耳を立ててみると、誰も彼もが本当につまらないことで喧嘩をしているように思える」
「ふうん、人の機嫌を悪くさせる怪電波でも流れてるのかね?」

 一ミリも思ってないことを口にしてみる。
けれどそれに対する神原からの返答はなく、
少し考えこむように顎に手をあてて目を伏せている。
こういうとき、神原が自分の内側に言うべきだと言うほどではないが、
言っておきたい何かを溜めているということをそろそろ付き合いの長い僕は知っている。

「なにか言いたい事があるなら言えよ神原。
 ぶっちゃけもう僕等の間で遠慮もなにもあったもんじゃないだろ」
「……そのだな、関係ないとは思うのだが。
 先程阿良々木先輩を私が捲し立てた時も、
 そこまで自分の感情が高ぶっていた訳でもないのに
 強く責めるような言い方になってしまってな、
 いや、今更な弁解なのはわかっているのだが……」

 もごもごと、段々語尾を小さくして言い切り、
どこかシュンとした神原は割合可愛かった。

 けど。……ふうん、言い方になってしまった、ね。
どうだろう、神原のことだから嘘や誤魔化しって訳ではないだろうけれど、
所謂"口を滑らせてしまった"みたいなことは誰にでもあること、
ことさら気にすることでもないのかな。

「いや、事実は事実だ。
 逆に叱咤されて目が覚めたみたいなさ、すっきりしたよ。ありがとう」
「そうか、流石は阿良々木先輩だ。心が広いなんてものじゃないな、
 私なんかには広大すぎて全貌が掴めそうにないぞ、
 阿良々木先輩の役に立てて私は心の奥底から歓喜に震えている」
「……そういうところは変わらないのなお前」
「当然だ、私が口上でなにを言おうと
 阿良々木先輩を尊敬するこの心だけは一生不変だ」
「やっぱりお前格好良いよ」

 そんなやり取りを最後に、
目の前で喧嘩別れする男女二人を尻目に、僕達は仲良く笑って別れた。
もう予鈴が鳴る。

―――

「どうしたのお兄ちゃん、狐に吊るされたような顔をして」

 特にイベントもなく学校の授業を消化して、
何事もなく家に帰宅した僕を出迎えたのは
肌けきった和服で居間に寝転がる月火の上記のような言葉だった。

「なんだよ狐に吊るされた顔って、意味がわかんねえよ馬鹿」
「じゃあ狐に睨まれた蛙のような顔」

 ……多分それはたまたま目が合っただけだと思うな僕は、
狐も蛙もお互いに興味なさそうだもん。
それに、多分狐に摘まれた顔と言いたいんだろうけど、
そんな顔は多分してないぞ僕は。
身に積まされる話ならされたけど。

「まぁなんでもいいよ、で、どうしたのお兄ちゃん
 そんなションボリした表情で、とうとう彼女に振られた?」
「なんでそんな楽しそうに振られたと聞くのか僕にはわからないな」
「だって、前二人で居るの見たことあるけど
 凄い可愛い人だったじゃん。お兄ちゃんには勿体無いよ」

 ……あぁ、そうかこいつはツンの戦場ヶ原を見たことはないのか。
確かにデレっつーかドロ状態の今の戦場ヶ原だけを見れば
そんな感想がでてもおかしくはないの、か?

「彼女とは良好にやってるよ」
「ふうん」

 と、急に冷めた調子になる月火。
冷めたというか、白けたというか、
拗ねてる、のか?
いまいち僕には判別し辛い。
月火は、そんな僕の沈黙をなんと取ったかそっぽを向いたまま呟く。

「火憐ちゃんがさあ、彼氏と別れたんだって」

 しんみりと、呟く月火。
すでに本人から暴露されてる僕は、反応に詰る。
タイムリーというか、なんというか。

「最近少し不調気味ってのは聞いてたんだけどさ、
 なにが切っ掛けなのか知らないけど急に別れちゃったって」

「急に?」
「うん、理由は教えてくれないんだけどさ。
 ただ喧嘩したってしか言わないの」
「喧嘩、ね」
「うん。なんかここ二,三日やたらみんなギスギスしてる。
 いつもどっかで誰かが喧嘩してるの」
「月火ちゃんとこもそうなのか」
「お兄ちゃんの高校も?」
「そんなところだな。今日一日で既に六回位」

 何事もなく、とか言ったものの
実際はそんな感じ。
僕自身のエピソードには関係がないけれど、
しかし規模の大小関わらずあちこちで喧嘩をしているのを見かけた。
神原の言うとおり、聞いてみれば非常にくだらない内容で。

「じゃあそれがションボリしてる理由?
 お兄ちゃん私達とは結構喧嘩するくせに他人の喧嘩とか嫌いだもんね」
「確かにそうだけど……。でもそれは理由じゃないな」

 喧嘩、喧嘩。
羽川のいつもより激しかった説教は、関係あるのだろうか?
単にあれは僕の罪状がでかかっただけという話だけれど、
でも、あちこちでこうも喧嘩続きと言う話を聞くと
どうにも関連性を疑ってしまうのは、もう仕方ないことなんだろう。

「月火ちゃんはどうなんだ?」
「へ?」
「月火ちゃんは、えっと、蝋燭沢君だっけ?
 彼と仲良くやってるのか?」

 以前はラブラブボンバーとか
よくわからないことを言い放っていた月火。

「ん、微妙かな」

 しかし反応鈍かった。

「微妙?」
「……火憐ちゃんじゃないけど、私も喧嘩しちゃってさ。
 なんで喧嘩したのかわかんないんだけど
 ただ、喧嘩になっちゃって」
「なんで喧嘩したのかわからない?」
「うん、まぁすぐ仲直りはできたんだけど……」

 理由もわからず喧嘩なんて、
そんなのあるのだろうか?
大なり小なり怒りを持つには原因があって起因がある、
それらがなしにいきなり喧嘩に発展するなんて
気が触れたとしか思えない。
気が触れて、期が振れた。

「あー、月火ちゃん」
「なに?」
「なんか欲しいものあるか?」
「なんで? お兄ちゃんらしくないね、裏でもあるの?」
「ねえよ、つか傷心の妹を気遣ってなにが悪い。僕はお前の兄だぞ?」
「あははっ、らしくないかも。
 っていうかお兄ちゃんも私達がいきなり気遣うようなこと言ったら
 絶対いまの私みたいな反応するじゃん」
「あー」

 するな、絶対するな。
というかしてきたな、これまで。
以前勉強で夜遅くまで根を詰めてる時に
月火が気を利かせて夜食を持ってきてくれた時が一度あったが、
その時の僕の第一声は「ありがとう」でも「助かるよ」とかそんなものではなく
「気でも狂ったか?」だった。いや、「毒でも入ってんだろ?」だったかな?

 どちらにせよ、その後勉強どころではなく、
命がけの鬼ごっこに発展したのはわざわざ説明するまでもないだろう。
まったく、とんだ兄貴である。

「まぁいいや、いらないならそれでもいいけど――」

 相変わらず寝転がったままの月火に背を向けて、
再度玄関に向かおうとしたところで。

「プリンが食べたい、あとシュークリーム」

 月火が起き上がって、小さくそういった。

「コンビニ産でよけりゃあな」
「うん。二つずつだよ」
「……了解」
「あぁ、あとお兄ちゃん」
「うん?」
「せめて着替えてからでかけたら?」

―――

「おさわ狐」

 忍はその本来の元来の生来の、
吸血鬼足る頃を髣髴させる厳かな口調でそういった。
それはここ最近、日常の中で耳にする忍の声とは一線を駕す
少しばっかり真剣な声質だった。
このところふざけたノリの忍しか見ていず、
自分のキャラをガンガンぶっ壊していく彼女に
少々以上の懸念を覚えていた僕はこの様子に安堵を覚える。

「おさわぎつね?」
「静岡県を中心に知られておる狐の怪異じゃな。
 仲睦まじい恋人同士の仲を不和にする怪異らしいの、
 人に喧嘩をさせるのが好きで、美女や娘に変化して
 男を惑わし、女房を逆上させたと言う話があるそうじゃの。
 で、そうして気の赴くままに数々の喧嘩をさせるものの、
 どれもこれもなんで喧嘩していたのかわからなくなるそうじゃ」

 ブランコに腰掛けて揺られながら説明をする忍は、
本当に傍から見ればただの可愛い金髪少女でしかなく、
その為にどうにも発言と外見がちぐはぐである。
まぁいい加減慣れてきたけど、やっぱり思うことは思う。

 狐。
哺乳綱ネコ目の哺乳動物。
日本で一番目にする機会が多いのは、
その中でも特にアカギツネ。
北海道周辺に住む映画やドラマにでてくる
キタキツネは――その亜種。

 あれから。
月火に言われて着替えを行ってから家をでて、
散歩がてら自転車でなく徒歩でコンビニまで向かったのだが。
その道中で八九寺に遭遇した。

「おやアバラ木さん」
「僕を脊椎から内臓を取り囲む形で付いている骨みたいに呼ぶな八九寺、
 いい加減僕も諦めようかと思うけどそれでも根気強く言わせてもらうぞ。
 僕の名前は阿良々木だ」
「失礼、噛みました」
「違う、わざとだ」
「かみまみた」
「わざとじゃない!?」
「撒きました?」
「僕はつけられていたのか!?」

 道中。
より詳細を記すならばコンビニにて
火憐と月火の分、そして自分の分のプリンとシュークリーム、
そして適当なスナック類を購入しての復路。

 季節柄日の沈みが段々と早くなり、
のんびりとした歩調と、地方である為の
最寄のコンビニまでの距離が合わさって
その頃にはもう既にずいぶんと辺りは暗くなっていたのだが
なんとなく、本当になんとなく普段通らない道を通って
過去に一度も足を踏み入れたことのない公園に入った所で
八九寺が昨日、いや、今朝の様にブランコで揺られてるのを見つけたのだ。
残念なことにブランコは入り口の正面方向に設置されてるため、
僕がなんかしらのスキンシップを行おうとする前に
僕自身も八九寺に発見されてしまったけれど。

「しかしお前も本当神出鬼没だな八九寺、
 こんなところに公園があること自体僕は知らなかったぞ」

 一日に二度、しかも双方共に偶然で
八九寺と遭遇するという幸運に僕は若干浮き足立つ。

「それは単に阿良々木さんがインドア派の根暗引き篭もりだからで
 アウトドア派な元気溌剌少女の私が公園を
 阿良々木さんより多く知っててもおかしくありません」

 今朝とは違い、同じようにブランコに座っていても
能動的に勢いをつけて漕いでいる八九寺。
スカートでそんなスピードをだせば当然中身なんて
パンチラどころかパンモロしちゃってるのだが
まぁそれを指摘しては八九寺が恥ずかしいだろうと僕は黙する。
……他意はない。本当にないよ?

「つーか高校生にもなって公園で遊ぶことなんてほとんど無いからな」
「そうなんですか? 確かに大人が公園で遊んでるのなんてみたことないですけど」
「高校生は大人ではないだろう……」
「でも子供と言われるのは嫌なんでしょう?」
「……そうだよなあ。中途半端な時期なんだよ僕達の年頃って」

 唐突に自分の立ち位置について
物思いに耽ってみる羽目になった。

「で、そんな引き篭もりの阿良々木さんはまたどうしてこんな所に?
 ご両親に働かないで食う飯は美味いか? とか言われたんですか?」
「いや! たったいま僕が高校生でどうこうって話してたよな!?」
「あぁすみません、いまのは一年後の阿良々木さんの事でした」
「未来視!? やめろよそういうの! マジで凹むから!」
「だってそうでしょう? 今朝もあんな時間から出歩いていて、
 いまだって学校終わって勉強に励むかと思いきやまた出歩いて、
 もう受験なんて絶望的ですよ。素直に諦めたらどうですか?
 試合終了しちゃっても、どうせ誰も落胆しませんから」
「お前は年上の高校生を泣かしてなにがやりたいんだよ!?
 僕はなんで年下の小学生の言葉にこんなに挫けてるんだよ!?」
「事実はなによりも心に突き刺さりますからね、ご愁傷様です阿良々木さん」
「ちくしょう! こんな生活!」

 馬鹿と馬鹿が馬鹿な話を連ねていた。
なんで僕と八九寺では真面目な話ができないんだろうか、
これは一種の呪いではないかとすら思えてきた。

 きぃ、とブランコがいままでとは違う力の動きに音を立て、
八九寺がブランコの勢いが最も前方にかかる瞬間に
鎖を握っていた手を離して小さく跳躍して、
前に立っていた僕の横辺りに軽い音と共に着地した。

「本当、馬鹿な話ばっかりですね」

 八九寺は、自嘲するように呟いた。
いままでの会話の流れとは似遣わない、
切なそうで、刹那な表情。

「阿良々木さんには、実のところ感謝しています。
 こうしてくだらない話を阿良々木さんとしている間は、
 ……一人ぼっちじゃありませんから」

 いつも尊大な態度を取ってる八九寺の姿が、
不意に、その元から小さな体躯より、さらに一回り小さく見えた。
そしてそれと同時に、肩が、少し重くなった気がした。

「なに言ってんだよ。僕なんか居なくても、
 他にいくらでもいるだろうが、唐突にらしくねえこと言ってんじゃねえぞ八九寺」

 いや、そうじゃない。
本当はそんなことを言おうとしたんじゃなくて、
……なにを言おうとしたんだっけ?

「らしくない、……かもしれませんね。はい、らしく、ないです」
「どうしたんだよ八九寺、急にしんみりしちまってよ」
「わかりません。ただ、言っておきたくなったんです」

 なにを?
と、言おうとして、それは口を出ずに留まった。
代わりに出たのは、まるで僕が渋々話を聞いてるとでも言いたげな、
ため息が、一つだけ。そして肩はまた少し重くなる。

「阿良々木さん、は、なんで、私にそんなに仲良くしてくれるんですか?」
「なんでって……。そんなの――」

 そんなの。なんだろう。
えっと、理由。

「そんなの、八九寺が寂しいだろうからに決まってるだろう。
 構ってやらなかったら可哀想じゃないか、
 だからお前と仲良くしてるんだよ」
「可哀想、……ですか。寂しいだろうから、ですか」
「そうだよ。放って置いたらずっと一人で放浪してそうだしな、
 大丈夫、お前が望む限りは僕はお前の友達だ」

「私が望むから、友達、ですか」

 違和感が、酷い。
おかしい、僕はこんなことを、
違う、本当は、僕はなにを、
わからない、なにを口にしているんだ、
間違ってる、ズレている、擦れている、振れている。

「私が望んだら……」
「ん? どうした八九寺」
「私を、私が望んだら」

 泣きそうな、辛そうな、悲しそうな哀しそうな。
そんな顔を八九寺は僕に向ける。

「阿良々木さんが、……お嫁に貰ってくれますか?」

 それに対して僕は。

「なにを言ってるんだお前は?」
「っ! ……いえ、なんでもありません」

 八九寺は、唇を噛んで、静かに目を伏せて、
僕に背を向けて歩き始めた。

「どこへ行くんだ?」
「……帰ります」

 静かに言葉を紡ぐ八九寺に、
僕は、追い討ちをかけるように。

「帰るってどこに? 家なんてないんだろ?」

 その台詞を、僕は言い終えることは無かった。
高く鋭い音、ぶれた視界と頬の痛みから、
思いっきり平手を食らったことが理解できた。

「阿良々木さんの馬鹿っ!」

 最後に僕に怒鳴り散らしていった八九寺は、
確かに泣いていた。
涙に、濡れて。悲しみに塗れていた。
途端に、消える肩の重み。

 僕は、最低だ。

 追いかけることもできた。
いまから走れば小学生と高校生、
多少の時間的遅れはハンデにもならない。
けれどできなかった、自分の愚かさに、情けなさに、
だらしなさに、軟弱さに、そして八九寺を傷つけてしまったという事実に、
打ちひしがれることで精一杯だったから。

 だから、僕の影から忍がひょっこりでてきたことにも、
その忍が僕が持っていたビニール袋から
僕の分のシュークリームとプリンを取り出したことにも、
そしてその二つを両手に抱えてもぐもぐと食べながら
先刻まで八九寺が座っていたブランコに腰掛けていることにも、
忍が自ら口を開くまで気が付けなかった。

「喧嘩した理由がわからなくなる」
「そうじゃ、だから喧嘩しても直ぐに仲直りということが多い
 正直あまり意味があるとは思えない怪異なのじゃな。
 それにお前様とあの小娘がそうでなかったように、
 恋人同士を喧嘩させる怪異と言っておるが
 その精度もあまり高くはないようじゃのう」

 パクパクと僕のプリンをカラメルまで綺麗に平らげて、
シュークリームも指先についた生クリームまで舐めながら
忍は他人事のようにおさわ狐について淡々と語る。

 いや、実際他人事も他人事だろう。
忍は以前明言した、人も怪異も助けないし殺さない、
ただし主である僕を除いて、と。
それに今回でてきたのは助けるためなんかではなく、
ただ単に寝ている忍にとって僕の感情の奔流が
目障りの耳障りだったと、それだけの話しだろう。
肌触りと舌触りも多分悪そうだし。
……関係ないか。

 ん? というかちょっと待てよ?
恋人同士、もしくはそれに順ずる仲の良い男女に
次々と喧嘩をさせる怪異って言ったよな?

「言ったのう」
「だけど待ってくれ、神原は同性異性問わず喧嘩をしていたと言っていた。
 僕自身、男同士で喧嘩をしている組を一回だけど見かけたぞ、
 それはどういうことなんだよ?」

 これでは話が噛み合わない。
他の部分はこの一連の異常とも合致しているが、
その一点でも不一致があるならば本当に怪異なのか疑わしくなる。

「なんじゃそんなことか」

 しかし忍は、僕の持つビニール袋に入っている
残りのシュークリームとプリンを物欲しげに見つめながら
なんてことなさそうに返答する。

「たんにそれは男同士のかっぷるという奴だったのじゃろう?」

「……うっわあ、マジかよ」

 こんな場面でいきなりそんなコアな関係バラされても
反応に困るってんだよ……。
つーか、そいつらクラスメートなんだけど、
今後僕はどうやって接せればいいんだよ?
うわあ、前々からやたら仲がいいとは思っていたけどさあ。
なんか、色々と知りたくなかった。

 マジで、やってることはセコいけど
実際にこれらがおさわ狐の仕業だとしたら
かなり二次被害がでかくないか? 特に僕。
直接的被害として八九寺、そしてもしかしたら神原、羽川。
二次被害として火憐と知りたくも無い周囲の人間関係情報の入手。

「で、忍。そのおさわ狐を退治するには一体どうすればいいんだよ?」

 八九寺と仲良くやってるのは、
あいつと話してて楽しいからだ、そして単純に僕達は友達だからだ。
可哀想とか、寂しそうだからなんて、そりゃ思うけど、
でもそんなのは友達として、思うだけで、
それを理由に付き合ってきた訳じゃない。
八九寺が望む限り友達で居続ける、そばに居続ける、
それは確かに本音だけど、あんなお前のためにやってやってるんだよみたいな気持ちは無い。
ただ僕が居たいからいるだけなんだ。
なのに、その馬鹿狐の野郎。

「さての」

「いや、さてのじゃなくてさ」
「だから知らんのじゃ、この怪異についてはあの小僧もほとんど触れずに
 概要だけで次の怪異を話し始めよっての。
 実際お主が直接的被害を受けて、今も他の連中のように仲直りできず居るのは
 お主の中の吸血鬼の血が会話の間も自意識を確立させておったからじゃろう。
 だから他の連中のように喧嘩したという事実を除いて忘れてしまうこともなく、
 素直に仲直りすることができなかったというそれだけのことじゃ。
 思うに、あの小娘の方は既にほとんどを忘却しているだろうの、
 あの時さっさか追いかけてお主が詫びの一つでも入れればそれで解決だったじゃろう」
「……そう、なのか」
「多分、じゃがのう。いくら精度が悪くても、お互い吸血鬼もどきである
 儂とお主の会話には影響をだせんじゃろうし、儂にはそれ以上はわからんがの」

 僕が背中に隠したビニール袋をなおも見つめ続けていた忍だが、
やっとこ諦めたのかここで初めて僕の目を見ながら喋った。

「ま、いまは蝸牛の小娘よりも儂はお前様の妹御の方が優先すべきだと思うがの」
「なぜお前がそれを!?」
「あの位の時間なら儂もまだ眠気がある程度で起きとるわい。
 で、どうするのじゃ? 当然ながら家族である妹御じゃから
 今夜にでも再度なんかしらのアプローチがあることは明白じゃろうの、
 その時にまた今朝方のように勢いに流されて睦いでしまうのかの?」
「なっ!? おまっ、なんてことを!?」
「じゃが事実じゃろう? 今朝とて邪魔が入らねばそうなっていたじゃろうに」

 この忍の口調が、怒った様ならまだ謝れた。
呆れた様ならまだ言い返せた。
責める様なら、まだ、救われた。
けれど忍は、ただただ言うべきことを言っているだけ、
淡々と単調に端的に、抑揚なく情緒もなく、ただ述べる。
それは、どんな言い方よりも僕に刺さる。

「小娘の方はお主が一言謝ればそれですむ、
 もとより小物大物関係なしにそういう存在の怪異なのじゃからな。
 だが、主の妹御の方は違う、恋人と別れたのは狐の所業でも、
 それ以外は全て意思と意義にまみれた意味ある行動。
 兄として振舞うか男として振舞うか、お前様の好きにするがいい」

 ふっ。急に付いた電灯にかき消される影のように、
忍は音もなく僕の目の前から姿を消した。
そして僕は、たった一人公園に残された。

―――

 それから、僕はしばし火憐と八九寺を天秤にかけた後、
八九寺を探してひたすらに駆け回った。
火憐の方が優先度が高い、それは忍の言うとおりだ、事態は深刻だろう。
それでも僕は、駆け回って走り回って、知ってる公園も知らない公園も
目に付いたらとりあえず入って八九寺の姿が無いかくまなく探して、
見つからなければまた右を行っては左に行ってと体力の続く限り走り回った。
忍が以前学習塾跡から居なくなった時とは違い、
誰の力を借りることなく、たった一人で探し続けた。

「ゆ~きや、コンコン。あられやコンコン」

 そうして、八九寺の姿を捉えたのはもう日が沈みきってしばらく。
"ろうはく"と読むのか"なみしろ"と読むのかいまだにわからない浪白公園、
奇しくも、僕と八九寺が始めてであった、あの公園だった。
八九寺は、僕に背を向けるようにして、童謡を静かに歌いながら
一人公園の中心辺りでしゃがみ込んでいた。

「八九寺」
「……阿良々木さん」

 振り向いて、僕に気づいた八九寺は噛んだりしなかった。

 咄嗟に答えてしまったのだろう、
八九寺はハッとした表情をして顔を逸らす。

「なにようですか阿良々木さん。
 私はいま機嫌がよくないですよ」

 ぶっきらぼうに言い放つ八九寺。
トレードマークのリュック越しの後姿は、
これ以上なく不機嫌そうで、
まるで話しかけるなと言うオーラが立ち込めているようだった。
けれど僕はそこで黙るわけにはいかないから。

「ごめん八九寺。お前はもうほとんど覚えてないだろうけど
 僕はお前に酷い事を――」
「いいんです」

 僕が台詞を言い終わらないうちに、
聞きたくないとばかりに八九寺は言葉を被せる。

「どうせ、私は、可哀想な、ただの迷子ですから」
「え?」

 覚えて、る、のか?

「すみません阿良々木さん。
 私、誤解してたんです、阿良々木さんが仲良くしてくれるからって
 ずけずけと、ぬけぬけと、勝手に親しく思ってました」

 八九寺は、しゃがみ込んだまま
こちらを見ずに一人ごちるように語る。
でも違う、それは違うんだ八九寺。

「私が勝手に楽しく思ってる裏で、
 阿良々木さんがどんな気持ちでいるかなんて
 いままで考えたことありませんでした。ごめんなさい」

 いや、なんで覚えてるのかなんてもうどうでもいい、
むしろこの方がちゃんと謝れる。
僕が覚えてる以上、忘れた八九寺に謝罪をしてもそれはフィフティじゃない。
理由はわからないが覚えてるなら、
僕は覚えてる八九寺に、ちゃんと謝れる。
それなら、後悔はしないだろうから。

「違うんだ八九寺! そうじゃない、そうじゃないんだ!」
「なにが違うんですか!?」
「さっき言ったことが全部だよ! そりゃ確かに僕は八九寺を可哀想と思ったこともあった、
 それは確かに事実だけど、僕がお前と仲良くしてるのはそんな理由じゃなくて!」
「じゃあ教えてください! どうして阿良々木さんは私と仲良くしてくれるんですか!?」

 お互い声が少しずつ荒がる。
その途中、八九寺がとうとう立ち上がり、こちらを向いた。
両腕に、一匹の狐を抱いて。

 狐。
黄金の毛並みを公園の街灯のしたで煌かせ、
ふさふさの尻尾を自在に揺らめかせながら
確かに八九寺の腕の中に一匹の狐が存在した。
爛々と光るその瞳は僕を一直線に見据えて、
僕はすぐにそいつがおさわ狐そのものであることを理解した。

「なっ!? 八九寺その狐!」
「はい? ……あぁ、この子ですか、
 阿良々木さんと喧嘩した直後に突然現れてですね、
 なんとなくこの子のあとをついてきたらこの公園についたんです。
 ってそんなことはどうでもいいんですよ!
 阿良々木さん、なんで話を逸らそうとするんですか!?」
「いや、話を逸らそうとしてる訳じゃなくてその狐が!」
「この子がなんだって言うんですか!
 いまは阿良々木さんと私の話です、この子は関係ないでしょう!?」

 八九寺はどんどんヒートアップしていく、
先程は僕がおかしくなり八九寺は通常状態だった。
こんどはその逆ということなのだろうか?
ならその狐が怪異だとかそんなことを言っても意味がない、
僕はただ、質問に素直に答えた方がいい。
たった一言だ、すぐにすむ。

「わかった。言うよ八九寺、僕がどうしてお前と今まで仲良くやってきたかって?
 そんなの簡単だ! 簡単すぎる!

 お前のことが好きだからに決まってるだろうが!」

 スッと、八九寺の腕の中にいた狐が
地面に軽やかに降り立ち、八九寺の足元を少し回ってから、
一度だけ甲高く鳴き声を上げて、
のんびりとした歩調で公園から出て行ってしまった。

「お、おい八九寺?」
「えっと……? おや、マハラ木さん」
「僕をインド周辺の王の称号みたいに呼ぶな、
 しつこいようだけれど僕の名前は阿良々木だ八九寺」
「失礼、噛みました」
「違う、わざとだ」
「かみまみた」
「わざとじゃない!?」
「マジ歯痛?」
「歯医者は嫌いなんだ!」

 狐が公園をでた途端に、
文字通り憑き物が取れたようになった八九寺。
だからもう、全部忘れてしまったのかもしれないし、
そうじゃないのかもしれない。もしかしたら八九寺なりの照れ隠しなのかもしれない。
でも、とりあえず一区切り。このやり取りをもってして仲直りはできたのだろうと、僕は思う。

「なぁ八九寺、一ついいか?」
「はい? なんでしょう阿良々木さん」
「ゆきやコンコンじゃなくて、あれはこんこだからな」

―――

 後日談というか、今回のオチ。
翌日、いつもとは違い、下の妹、月火にのみ叩き起こされた。
理由は簡単だ、僕が昨日コンビニにでかけて
八九寺とぐだぐだやらかしていた間に火憐が帰宅し、
その異変に気づいた月火が詰問、馬鹿な火憐はあっさりと白状し
八九寺と別れ帰ってきた僕も含めて緊急兄妹会議。
火憐はしばらく僕に近づいてはいけないと月火がお触れをだしたのだ。

 当然(ここで当然という語句を持ってくるのは兄として
恥ずかしいやらなにやら複雑であるが)、火憐はそれに対して
猛烈に反発したのだが、数分の問答の後渋々承諾させられた。
そこはそれ、実戦担当と参謀担当の違い。

「大丈夫だ! ちょっと距離を置いたくらいじゃ兄ちゃんへの愛は冷めないぜ!」

 と会議終了の際。
つまり、しばらくは出来なくなる距離での会話の締めくくりに
火憐はそんな格好良いことを言っていた。
妹じゃなければ胸キュンする場面だろうことを思うと残念でしかたない。

「おさわ狐は喧嘩をさせ、
 その一連の流れを眺めてるのが好きじゃったようじゃの。
 だから喧嘩をして両人が別れたところでその場を離れる、
 ゆえに離れた時点で怪異の効果はなくなり喧嘩の理由を忘れて仲直りと言った訳じゃ、
 今回あの小娘が覚えていたのは単にお主に乗っかっていたおさわ狐が
 別れた小娘の方に今度は憑いたということじゃろう。
 だから覚えていたし、だから忘れた」

 僕の部屋、扉の前で月火が見張ってるという一歩間違えばヤバイ状況で
忍はめちゃくちゃ遅れた上に溶けたシュークリームを届けた罰として
月火に再度買いに行かされたケーキの一つを食べながら
昨日の流れの中での僕の疑問に答えてくれた。

「つまりあの狐は自分の存在する周辺の空間に影響を及ぼす怪異ってことか?」
「自身がわざわざ化けたりしていたという話もあるしのう、
 そんなところが限界なんじゃろうよ。
 高度な自意識も持たない動物の怪異じゃからな」
「ふうん」

 あの、前振りの長さに反比例するような
あっさりすぎる幕引きは小物臭溢れる感じだし
なんというか拍子抜けというか肩透かしというか、
ぶっちゃけ徹頭徹尾なにがやりたいのかわからない怪異だったけど。
しかし、その実際の影響力とはべつのところで本当に迷惑な怪異だった。

 祭り自体はしょぼい癖に、
後片付けばっかり苦労する。

 火憐の事は神原には自分からばらしたにしても、
羽川には即座にバレて正座説教を食らったし。
月火からだって素直に話し合いの場を作ったわけではなく、
実は帰宅早々にアイスピックが僕を襲ったりもした。
この流れでおさわ狐がやらかしたことなんて、
火憐が彼氏と別れる切っ掛けを作ったくらいなのに、
そこからの余波が酷すぎるのだ。

 それに、忘れていたけどクラスメートの疑惑の二名。
彼等はまぁ怪異本来の伝承と同様に仲直りしたらしく、
本日もべたべたと仲良く友達同士を演じていた。
先日までは無駄に仲が良い奴等と言った所だったのに
なにやらそれに背筋にそら寒いものを感じるのは仕方のないことだろうと思う。

 まぁそんなこんな。
後始末にはまだまだ時間はかかりそうだけれど、
多発していた小さな小さな喧嘩は終わりを迎えて
ゆっくりとまた普通の日常に僕の世界は戻りつつある。
しばらくは学校では羽川に白い目で見られ(これは別にそこまで悪いことじゃないと
僕個人では受け止めている)、自宅では火憐と月火の攻防が
しょっちゅうそこかしこで起きるんだろうけれど。

「阿良々木さん」

 でも、こうして何事もなかったかのように
日々を過ごせるのは、何よりも得がたい幸せなのだと。

「遅ればせながら、言い忘れていたことを言わせてください」

 僕は自転車を止めて八九寺と笑いながら。

「私も、阿良々木さんのこと、好きですよ」

 しみじみと、思うのだった。

  あとがき

 よく何かを継続して行ってる人間のことをげんえきと呼びますが、
しかし人間はすべからく最初はげんえきなのだと思います。
混じりっ気の無い液体、生まれたばかりの人間はそういった感じで、
そして色々な成分を成長と共に取り入れて個性とか自分とか
そんな感じのなにかを確立していくんだと思います。
より多くの種類の成分を色々取り込んで混ぜれば、
それだけ複雑な人間になるでしょうし。
周りからなにも吸収できずに大人になった人は、
所謂世間の荒波って奴に強制的に薄められて面白みの無い
大多数の薄っぺらな大人になってしまうんだと思います。
じゃあだからって無理やりにあちこちから適当に赴くままに
取り込んでみたりすれば、それは複雑て深いというか、
単に濁って見えにくいだけの人間になっちゃったりします。
結局は取り込む量も質も見極めが重要ということですが、
しかしその見極める目も取りこんだ経験で培われる訳で
運とかなんとか人間も大変だなあとかしみじみ思います。
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Comment

面白かったです!

これは良作


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