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古泉「……つまり、彼と長門さんが我々の敵に回ったという事です」

 俺は長門と屋上にいた。
通常屋上。そこからはつい先日まで俺が毎日の放課後を潰してまで
粉骨砕身と神のわがままに付き合っていた一つの空間が見えた。

「……これからどうするんだ長門?」
「情報統合思念体は今後現状のような関係性を続けても変化が無い事を悟った。
 いまは議論段階ではあるが、しかしあなたと行動をともにすることを良としている」
「ま、俺にしばらくは付き合ってくれるってこったろ?」
「そうなる」
 日が沈み、周囲は紅と橙に染まっていく。
高台の上に立てられた我が高校の屋上という位置は、
そんな風靡な街並みを見下ろすのにこれ以上ない場所で
俺は久しぶりに学校内に居ながら平穏な時間を過ごす事ができた。

「ハルヒはなんて言うかね?」
「わからない、しかしなんらかのアクションを起こすと考えられる」
「また勝手に自分の良いように世界を変えるのかね?」
「かも知れない」
「そうだとしたら、俺は本格的にあいつを見限る」
「……そう」

 雲も空も一色に染まる。
俺も長門も、眼下で不機嫌そうにしているハルヒと
それを見ている朝比奈さんと古泉も、なんの隔たりもなく。

 だが、実際はもう違う。
超えようの無い溝が、でき始めている。
袂を別ったのだ、明言はしていないが
少なくとも古泉は気づいてるだろうし、そこから朝比奈さんも知るだろう。
そこからハルヒに伝達は、……多分されないだろうから、
明日自分の口で話さないといけないのか、面倒だな。
なんで俺の席はあいつの前なんだよ。

「そろそろ帰ろうか長門」

 嘆息を一つつき、そろそろ太陽も沈みきってしまう頃合、
俺は隣でただ佇む長門に向かって問う。
今日は、今日からは、長門の合図はもうなく、
自分の意思で、帰らなくてはならない。

「……」

 返事なく、ただ小さく頷く長門と共に、
俺は屋上を後にした。
その際最後に一瞥した文芸部室に、俺はなんの感慨も浮かばなかった。

―――

 予想通り、予定通り。
フローチャートの矢印の先、決まりきったタイミング
慣れ親しんだ状況、飽和する程の情景。

「どうも」
「おぉ、一日振りだな古泉。バイトはもういいのか?」
「……今日はありませんでしたよ。明日以降は、わかりませんがね」
「ほぉ……、それは僥倖だな。少しは進歩したのか」

 電柱に凭れて疲れた様子の古泉は、
軽く物憂げなため息をついてこちらを見る。
糸目を開いて、少し真剣みを出した表情が、
またやけに板についていて腹の立つ。

「あなたは、我々の敵に回った。そう考えていいんでしょうか?」

 ふん? また微妙だな。
なんで古泉の敵に回らなくてはならんのだ?
ましてや我々? 朝比奈さんの敵に回るつもりなどさらさら無い。
俺はハルヒの圧制から逃れ、ハルヒと袂を別った。
それだけのつもりだ。
だからお前らがハルヒと行動を共にするなら、
それは仕方ないから間接的にお前らとも距離を取らざるを得ないだけでな。

「……つまり今後涼宮さんと行動を共にしないと?
 部室には来ず、探索にも参加せず、そして彼女とは距離をとる、と?」
「まぁ、そうなるな。ハルヒとは必要最低限のやりとりに関係を縮小させてもらう、
 不思議探索と称した散歩に休日を潰すつもりもない。
 ただし、一つだけ間違いがあるぞ古泉、俺は文芸部室には足を運ぶ」
「……どういうことです?」
「勘違いするなよ古泉、SOS団の部室じゃない、文芸部室だ。
 あそこは元々長門が部長の文芸部の部室だ、明日ハルヒに言い出すが部室は返却してもらう」

 古泉が、無意識かなにか小さく拳を握ったのが視界の隅に入った。
なんだかんだ言っても、結構感情的な部分もある奴だと苦笑する。
……結局、約束は守れなかったな古泉。
すまない、仲のいいただの友達として、お前と語りたかったのは本音だぞ?

「……」
「と、思ったけどな。ゲームできないしお茶入れてもらえない部室じゃつまらんし
 やっぱりお前らがあそこは使っていいぞ? 俺は普通の高校生として
 放課後は普通にさせてもらった方がいい」

 すっかり辺りには夜の帳が降り切り、
秋の肌寒い空気が頬を掠める。
均等に並んだ街灯には蛾を筆頭にした小虫が集まって
奇妙な光景を作り上げている。
……あぁいうの見ると殺虫剤で皆殺しにしたくなるよな。

「ま、そういうことだ」
「……長門さんは?」
「長門は俺もよくはわからない。だが思念体の連中も許可だしてるみたいだし
 しばらくは俺と行動を共にしてくれるそうだ」
「そう、……ですか」
「そうだ。だから俺を実力行使で――とか考えないほうがいいぞ?」
「重々承知です。というかそもそもそんなつもりはありません」
「そっか、よかった」

 バチッと虫の中の一匹が街灯に近づきすぎて
熱か電気か知らんが無様に地に落ちて死んだ。
しかし他の多数の虫は相手にすることなくいままでと同様に飛び続ける。

「じゃあな古泉、そろそろ気らないと妹に怒られちまう」
「……」

「どうしても、ですか?」

 また自転車をこぎ始めようとする俺に、
古泉は最後にそう問いかけてきた。
それはどこか懇願のようで、どこか、切なくもあった。

「どうしても、だ。俺はこれ以上ハルヒに、ハルヒを中心としたごたごたに、関与しない」

 古泉はそれ以上俺になにかを言うことなく、
俺は黙る古泉の横を通りぬけて自宅への帰路に戻った。
しかし、やっぱり古泉はなにがなんでもハルヒ側につくんだな、
そうだろうと思ってたとはいえ、残念だ。
古泉も、同様に思っていてくれたなら、別れ際に、初めてわかってしまうことだが。
俺達は、すでに友達だったのかもしれない。

―――

「お帰りキョン君!」
「うっ! ……ただいま」

 玄関の扉を開くと同時に腹にタックルをかけてくる妹。
毎度のことながら、俺以外が開けた場合とか、
俺が避けた場合とかをまったく考えていない全力のタックルを仕掛けてくる妹。
もしも避けてしまった場合、妹がもの凄い勢いで地面にヘッドパッドをかますのは
目に見えているので兄として毎度受け続けざるを得ない。

「今日は遅かったね~、もうちょっと遅かったら鍵とチェーンをかけちゃう所だったよ」
「それは勘弁してほしいな。明日が休日ならともかく、明日も学校あるんだから
 風呂に入らないでもう一回学校は正直嫌だ」
「なら今度から早く帰ってきてね!」
「わかったよ……」

 タックルしてきたまま腰に手を回して
抱きついてくる妹を引き剥がしつつ鞄を持って自室に向かう。

「今日の晩御飯はハンバーグです!」
「ほぅ、なにかいいことでもあったのか?」
「なんにも!」
「……」

 しがみ付いてくる場所を少しずつ変えながら、
最終的には足にぶらさがって部屋までついてくる妹。
仕方無しにそのまま片方にだけ錘をつけた状態
階段をあくせく登り自分の部屋に到達。
着替えるからと今度こそ妹を追い出してベッドに腰を下ろす。

「……あー、眠い」

 ごろんとそのまま上体をベッドに倒して寝転がる。
シャミセンはいまは部屋にいないのでベッドの全面を好きに使える。

 そのまま脱力し、呆けていることしばし。
ポケットに入れたままの携帯が鳴動し着信を知らせる。
古泉にはさっき会った、から。
まぁどうせ――。

「ハルヒだろ?」

 呟きながら携帯を取り出して画面を見てみれば、
案の定涼宮ハルヒの名前が表示されていた。
あいつの事だ、このまま放っておくといつまでも鳴らし続けるだろうし
でたらでたで折角怠惰な時間を過ごしていたのに不快な気分にさせられる。
かといってここで無視して怒りを溜めさせて直接明日会話をしたら、
あいつの怒りが暴力になって即時返される可能性もある。

「ここはでた方がいいんだろうな……」

 とか思いながら、結局押したボタンは電源ボタンだった。
着信メロディが中途な所で切れて携帯はまた静寂を取り戻す。
と同時に再度鳴動、名前も変わらず。
俺はさっき押したままで移動してない指をもう一度押し込み、
そのまま電源を切った。

「キョン君! 早くしないとごはん無しだよ~?」
「わかったいまいく」

 携帯はもうならない。

―――

「あんたふざけんじゃないわよ!?」

 翌日、登校した俺を待っていたのは
上記の台詞と教室の壁をぶん殴った低く響いた音だった。
ふぅん、予想通り。というか予想以下だな。
谷口がわざわざ下駄箱で俺を待ってまで
「涼宮がヤベェぞ、お前なにかやったのかよ? 本気で気をつけとけよ?」
とまで言ってきたもんだから、
俺的には顔を見た直後に顔面にグーだと思っていたのだが。

「なにがだ? というか台詞の途中で耳鳴りがしてもはやなにを言ってるのか」

 教室前の廊下、名物というか珍獣ハルヒが織り成す怒号と爆音は
全教室のすでに登校してる生徒を野次馬に走らせるに十分で、
俺とハルヒの周囲にはなんかバーゲンセールのような人垣ができてる。
正月のデパート福袋に並ぶ連中と言い換えてもいいぞ?

「昨日はあんたも有希も団活には来ないし、
 しかもあんたは電話にでないで電源まで切ったわね!?」
「それがどうかしたか」
「どうかしたかじゃないでしょ!?」

 床を踏み抜きたいのかと思う足取りで三歩、
俺の眼前まで近寄ってきて俺のネクタイを掴む。
本当、カツアゲっつぅか「あんちゃん、なに人の女に手ェだしとんねん」
とか言ってるヤーさんみたいだ。
なんでこんな大勢の前でつるし上げ喰らわなくちゃいけないんだ。
プランだと精々クラス中程度のつもりだったのに、
まさか能動的に待ち伏せしてくるとは。

「まぁ落ち着け、俺はもうお前とは関係ない」
「はぁ!?」
「もうSOS団は抜ける」

 ぐいっ、っと掴まれてたネクタイが捻りあげられる。
文字通り吊るし上げ。
あっ、ヤバイ、意識落ちる。

 自身を鼓舞してこのまま落とされるようなことはすまいと踏ん張る。
しかしハルヒは俺の現状を見ずに、立て板に水とのべつ幕無し喚き立てる。

「ちょ、おま、……やめろ!」
「なにがSOS団をやめるよ!? 団長たる私がそんなの認める訳がないじゃない!」

 制止の言葉など聞くよしもなく、怒号は続く。
至近距離の分だけ耳が余計に痛い。もちろん物理的に。
ハルヒの向こうの生徒達が心配そうな目で俺を見る。
そんな目で見るなら助けてくれ、こいつの尻にこっそり蹴りをくれてやるだけでいいから。

「だから、離せ! マジで……!」
「あんたはね! 雑用なの雑用! そして私は団長で一番偉いのよ!」

 ハルヒは続ける。
荒唐無稽甚だしい自分の理論を無茶苦茶に展開して
俺を個人の感情で攻め立てる。

「やめろって……」
「雑用が私の許可なしに抜けるなんて許すと思う!?」

 離せ、というか黙れよ、本当。
許可? ふざけんなよ?
お前は誰の許可なんて取らずに個人でやりたい放題やってきだろう?

「とりあえず昨日の一日の行動は私に対する不敬罪よ!
 今度全員に奢りだからね!? 一ヶ月よ!? 遅刻もなにも関係なしにあんたのおごり」
「いい加減に――」

 なんでそれなのに俺を束縛する?
あんなに今まで付き合ってやっただろう?
俺も楽しんでたけど、しかしそれは一緒に楽しんでたからだ、
お前に楽しませてもらったとかは思ってない。
なのに……。

「あんたは私の言うとおりに働き蟻や働き蜂みたいにキリキリ動いてればいいのよ!」
「――しろよっ!」

 限界だった。
掴まれていた腕を、ぶん殴るようにして引き剥がして怒鳴る。
多分、こんなに本気で怒鳴ったのは初めてだろう。
映画のとき、朝比奈さんに対するハルヒのあんまりな態度に
一度切れてしまったこともあったが、アレの比ではない。
ざわめきたつ同級生が一様に黙る、一斉に静かになる。
それはハルヒを含めて。

「ふざけんなよ……」

 締められて酸素が足りなくなった状態で、
ハルヒの拘束を解くために全力で腕を振るって
全力で叫んだ所為で、息は荒く額からは汗が伝う。
それでも俺は肩を上下させながら今までの想いを
全部一緒くたにして視線と共にハルヒにぶつける。

「俺はいままでずっとお前の我侭に付き合ってた。
 色々思う所もあったし、明らかにお前が間違ってても、
 最後はこっちが折れてやったしフォローしてやった。
 でもそれはお前の道具だからでも部下だからでもない
 友達だと、思ってたからだ。仲間だと、思ってたからだ。
 なにより一緒にいて、楽しかったからだ。
 だけど、お前の本音がいま言った言葉なんだとしたら、
 俺はもう二度とお前とは関らない。友達でも仲間でもない、
 もう、俺とお前は赤の他人だ」

 宣誓、そして宣言。
子供がその重大さを知らずに、人の関係を軽んじて使う言葉。
『絶交』。俺はそれをここに宣言した。

「もう、俺に関るな」

 乱れた制服を直して、ネクタイを締めなおし、
最後にそう吐き捨てて。
俺は沢山の視線を背に受けながら、教室に入った。
その際、流れる視界のすみに人ごみの中に混じる
古泉の姿を見たような気がしたが、もうそれも俺には関係ない。
全部、どうでもいいんだ。
今日この瞬間、完全に俺がSOS団に戻るという選択肢は、消えた。

 静まり返った教室内。
減ったとは言えやはりクラスメートの誰もが
俺を好悪混じる視線を向けてくる。
だから、こういうやり方はしたくなかったんだと、
最後まで思い通りにならない現実にややげんなりする。

「よぉ、キョン」
「やぁ、大丈夫?」
「……お前ら」

 鞄を机にかけて早々、
額を机に押し付けて頭を抱えていると
谷口と国木田が心配げな表情で話しかけてくれた。
国木田はともかく、谷口に話しかけられたことを喜ばしく思うのは初めてだ。

「しっかし、なんというかとうとうと言った感じだな」
「首大丈夫? あと残っちゃってるけど」
「ん、あぁ平気だ。ちょっと痣になるかも知れないが、一週間もしないで消えるだろう」

 ネクタイを締め上げられた首、
どうやら自分じゃ見えないが他人から見れば一目瞭然に痕が残ってるらしい。
言われて触って見れば、なるほど軽く首の周りを一周へこんでる、
危うく窒息じゃねぇか、絶対そのうち過失致死事件を起こすぞあの馬鹿。

「ま、あれだ、切れても仕方ねぇよありゃ。
 俺からすればよくぞここまで耐えました、ってとこだ」
「でも、キョンが怒鳴るとこなんて久しぶりにみたよ」
「おっ? ってことは前にもあったのか?」
「うん、中学の頃佐々木さんって子が少し苛められてた時期があってね」
「また懐かしい話を……」

 気を使ってくれてるのだろうけれど、
しかし俺は悪くない、とそう言ってくれるのが
凄く嬉しくて、少し悲しかった。
こうして会話を続けてる内に、他のクラスメートも
とりあえずは俺を腫れ物みたいな目で見るのをやめてくれて、
俺に「元気をだせ」みたいな言葉をかけてくれる奴も居た。

「……」
「どうしたキョン? 首が痛むのかぁ?」
「そうなのかい? なら保健室いく? 保険の先生はカウンセラーも兼任してるし」
「いや、そうじゃないんだ」
「あ?」
「ん?」
「友達って……、こんなにいい物なんだなって思ってさ」

 時計を見れば、そろそろHRが始まる時間。
だと言うのに谷口と国木田は気にした様子もなく、
他のクラスメートが席につくなか、俺との雑談に興じてくれた。
こんなにもいい友達が俺には居たのに、
そういえばいつもいつもハルヒに付き合って二の次にしてたんだなぁとか
それなのに、とか、胸に詰まるものがあって。

「なに言ってんだよ! はっずかしい奴だな」
「キョンからそんな台詞が聞けるとは思わなかったよ、明日は雪かな?」
「お前らなぁ……」

 その後、担任教諭が登場し国木田谷口共に自席に帰還した。
俺は少々の寂寥感と多少の照れくささと多大な感謝を
二人に心中で送りつつ、最後に今日の帰りにどこか遊びに行こうと約束した。

「え~、じゃあ出席をとるぞー」

 岡部担任は、先ほどの騒動を知ってるのかどうか、
普段と変わらない素振りで出席を取り始めた。
結局、まだ後ろの席は誰も座ってないままだけれど。

―――

 今日一日、最後の最後までハルヒは戻ってくることはなかった。
流石に意図したことではないとはいえ、
あのハルヒがそこまで動揺して逃亡してしまうとは
罪悪感らしきものが少しばかり顔をだす。主に古泉に対して。
頼むから死なないでくれよとか思いつつ。
俺は席から立ち上がり、委員長の号令に合わせて
覇気のない挨拶を口にして帰路につく。
……いや、まだ帰らないんだったな。

「よっ、二人とも」

 谷口と国木田の席は近く、斜めに一席。
廊下側の一列目と二列目、その三番目と四番目だ。
まだ帰り支度をしている二人に声をかける。

「きたな、どうする? ゲーセンでも行くか?」
「そうだね。いやぁ、キョンとどこか行くなんて久しぶりだなぁ」
「すまないな」
「気にスンナって! これからたっぷり付き合ってもらうからよ!」

 軽快に言って無理やり肩を組んでくる谷口。

「だがナンパには付き合わんぞ?」
「なんだよノリ悪いなぁ」
「僕もナンパは参加しない」
「ったくよ、お前らは本当に男かっての」

 手軽で気軽なやりとり、
何に気兼ねすることもなく自然にできる会話。
楽しくて、楽しくて。
怒鳴ったことと同じくらい久しぶりに、
心の底から笑えてる気がする。

「あの、キョン君」

 じゃあ行くか、と三人肩を並べて教室をでようとした所で
ふと呼び止められた。
その呼び止めた相手がハルヒだったなら
知らぬ存ぜぬで歩みを進めるところだが、
しかし俺の呼び方も声も違う人物の物で、俺は足を止めて振り向いた。

「阪中か……」
「うん、やっほ」
「おぉ、なんだどうした」
「ほら今朝色々あったからさ、なんとなく声かけてみようかなって」
「そっか、変な心配かけたか? 俺は全然大丈夫だぞ」
「ならよかったの」

 言って、浮かべる安堵の笑み。
それはしばらくみることのなかった、普通の女の子の笑顔。
しかしどうだろう、阪中は去年の事件を持ち込んで以降
ハルヒとそれなりに仲が良かったように思ったけど、
俺に怒ったりはしてないのだろうか?

 そうだ、ハルヒは二年になってから
少しずつだけれどクラスの連中ともコミュニケを取るようになっていた。
今朝俺に対しての視線が好悪双方あったのは、
そうやってハルヒと仲良く、親しくなっている者がいる証拠。
特に阪中はその仲でも特に親しかったようだと俺は思っていたのだけど。

「う~ん、普通の喧嘩だったら。怒ってたかも知れないけど」

 阪中は小さく首をかしげる。
俺は黙って、言葉を頭の中で捜してる阪中を待つ。

「でも、キョン君は私よりずっと涼宮さんと一緒に居たでしょ?
 というか誰よりも一番近くに居て涼宮さんに付き合ってたのね、
 そのキョン君が怒っちゃうんだから、
 それはきっと誰でも怒っちゃうことで、キョン君は悪くないよ」
「……ありがとう」
「ううん、どういたしまして。じゃあ私はこれで」
「あぁ、じゃあな」

 小さく手を振って、待っていた女友達の元に駆けていく阪中。
俺はしばらくその後姿を眺めて、
そして谷口に軽く尻を蹴られて我に返る。

「……なんだよ?」
「なんだよ、キョンもやっぱり女に興味あるんじゃねぇか」
「うるせぇ! さっさと行くぞ!」

―――

「……なんだこれ」
「いや、だからキョンが言ってた格闘ゲームだよ?」
「全然システム違うじゃねぇか!」
「おいおいキョンよぉ、お前が遊びに付き合わないで居る間に新作がいくつでたと思ってんだよ?」
「マジかよ……」

 制服姿のまま、前は三人でたまに足を運んでた
ゲームセンターに着いた。
どこのゲーセンでも共通の多種多様なゲームの音声や効果音などが
混ざりに混ざった甲高くも低く響きもするあの騒音。
全身に降りかかる雑音の波を心地よく思うまもなく、
どのゲームも新作とか新型とかになっていて
どうにも勝手が違うことに辟易する。

 こればかりはどうしようもあるまいと格闘系を諦めて
ガンシューティングに向かうと、
ジャラジャラと札を小銭に替えた谷口がクレーンゲームに挑んでいくのが見えた。
国木田は国木田でリズム音楽系をやり始めたし、
一緒に遊ぶといっても三々五々好きにやりたいことをやっている。

「なんだかなぁ……」

 財布に入っている百円玉は四つ。
その全てを取り出して、ポケットに入れ。
内一つを機械に投入すると、画面が切り替わってモード選択が現れる。
俺はコードで機械とつながった銃を取り出して画面に向けて
一人プレイと書かれた看板を打ち抜いた。

 ……そういえば、ハルヒにつき合わされることがなくなるということは、
つまりあの面子に理不尽な奢りをすることもなくなる訳で。
そうすれば必然財布も潤ってくる。

「……バイトでもしようかな」

 欲しい物、やりたい事、行きたい場所。
思えば思うほど次から次へと浮かんでは消えてを繰り返す。
欲しい物が、沢山ある。
それはいままで欲しくても我慢してきた物が沢山あるという事。
やりたい事が、一杯ある。
それはいままでやりたくても我慢してきた事が一杯あるという事。
行きたい場所が、幾つもある。
それはこれまで行きたくても我慢してきた場所が幾つもあるという事。

 そして、これからは我慢する必要がないということ。
俺はその事実をかみ締めながら安っぽいプラスチックの銃を画面に向けて放ち続けた。

―――

 『GAME CLEAR』
初めて見た文字。
ガンシューティングは下手の横好き程度で、
毎度2ndステージ辺りでおっちぬのが俺のパターンだったのだが。
モチベーションの問題だろうか、なんなのか?
コンティニューはしたものの、初めての最終面クリアを果たした。

「……おぉぅ」

 自分で自分に驚いた。
ブランクもあるし、まぁ少しストレス発散的に選んだのに
本気でやりこんでしまった。
額に汗かいてるよ俺。あー、ワイシャツの背中がぺたぺたする。

「よぅキョン……、っておぉっ!? それクリアしたのか!?」
「そうらしい」
「すごいねキョン。なに? 実は僕等の知らないところで通ってたの?」
「いや、さっぱりなんだが……。驚いた」

 クレーンゲームの景品かなにか、
絶対お前には必要ないだろうといいたくなるようなぬいぐるみとか
なんかよくわからないお菓子のでかい奴とかを抱えた谷口と、
持ちきれなかったのか同じく色々持ってる国木田。

「……お前らも結構凄いことになってんな」
「ん? あぁ、思った以上に取り易いのがあってな、
 取れないとすぐやめるけど、幾つか取れるとどんどん際限なくなってよ」
「気づけば三千円も使ってるんだよ? まったくびっくりだよね」
「どうするんだそれ?」
「お前妹居るだろ? ぬいぐるみとか居るか?」
「……いいのか?」
「俺の部屋に飾ってあるよりはずっといいだろ」
「ま、そうだな」

 そんな話をしていると、
見るに見かねたのか、店員さんがでっかい袋を持ってきてくれ
俺達はとりあえずそれに多種多様な景品を詰め込んでゲーセンをでた。

―――

「なにしてんだお前?」
「あ、どうも」
「どうもじゃないだろ……」

 あの後、学校帰りということもあり随分と辺りも暗くなり始めてた為
パンパンになった紙袋を持って喫茶店で一息。
珈琲を啜りつつ、今度はボーリングかカラオケに行こうとか
たまには泊まりに来いよとか、そんな男同士の雑談に興じてから解散した。

 俺はコアラのマーチのでっかい奴とかパイの実のでっかい奴とかが
幾つかのぬいぐるみと一緒に入ってる紙袋を一袋丸々谷口から頂いて。
それをそのまま帰ってからいつも通りタックルしてきた妹にプレゼントした。
なんとなくパチンコの景品をあげるおっさん的イメージが脳に沸いたが気にせず
着替える為に自室に戻り、藍色になった空を眺めようと窓を向いたら。

「意味がわからん、なにがやりたいんだ橘」
「いや、ちょっとお話でもと」

 橘がこちらを覗いていた。

「というか、なんか色々と問題になりそうだからとりあえず中に入れ」

 窓の鍵を開けて中に招き入れる。
家が隣同士で屋根を伝ってやってくる幼馴染みたいだ、とか思ってみる。
そんな経験ないけれど。

「あ、お邪魔します」

 開けた窓から橘は平然と入ってくる。
というか土足だお前、靴脱げ。
なにアメリカンな行動を俺の部屋でやってんだ。

「あ、すみません。つい」
「ついで人の部屋の絨毯を踏み荒らすな」

 ベランダに靴を揃えて部屋に戻ってくる橘。
俺はとりあえずそろそろ夜に窓を開け放すと寒い季節なのでと
窓と鍵を閉めなおす。

 部屋の真ん中にそこまで親しくもない女子が
平気の平左で寛いでいる。

「で、どうやって登ってきたんだよお前は?
 この時間はほとんど人通りがないとはいえ、よじ登りでもしたらかなり目立つぞ」

 この辺りは住宅街、家と家が隣接してることもあって
暗くなり照明をつける時間帯になれば、どこの家庭もカーテンは絶対に閉める。
でなければ自分の家の内部が、煌々と照らされて周囲に見られるからだが。
一瞬じゃなくて壁を登るなんて多少なりとも時間がかかる真似をしたら、
必ずどこかで誰かに見られるだろう。

 というかそもそも橘の服にも、手のひらにも一切の汚れがない。
パイプとか縁とかを掴んだらまず百パーセント汚れるだろうしな。

「あぁ、それは彼女のおかげです」

 しかし橘は俺の疑問にあっけらかんと笑顔で答える。

「……やっぱりお前か」
「――最初か――ら、居た」
「だろうな」

 橘が指差した所を見れば想像通り、
無表情で直立する周防が居た。
というか、ベッドの上に立つなって、せめて座れ。
一箇所だけ凄いへこんでるだろ、布団ぐしゃぐしゃじゃんか。

「――わか――った」
「彼女にちょっと手伝ってもらってですね! ポンと!」
「というか橘。お前、確か前にも同じことしたよな?」
「しましたっけ?」
「やめろっつっただろ……」
「でも部屋に直接入りませんでしたよ?」
「なんか俺がお前を締め出したみたいに思われそうでなお悪い」

 ため息がとめどなく流れる。
幸せが俺の部屋の空気中に飽和状態だ。

「で、なにしに来たんだっけ?」

 とりあえずこのままじゃ話が進みそうにないので、
渋々とこちらから話を振ってみせる。

「なにやらキョンさんが今日色々とやらかしたそうなので」

 なぜ知ってる、なにを知ってる。

「私達だって曲りなりに組織なんです、それぐらいはどうにでもなります」

 そうかい、本当プライバシーの欠片もないな。
だが今後俺に対してそういう監視をするのはやめて欲しいな、
俺はもう監視対象から外してくれ、関係ないんだから。

「あぁ、そうでしたね。あなたはいま涼宮さんから離別したそうで」
「そういうことだ。だから変な風に探るのはやめてくれ」

 もう俺は超常現象とは関りのない一般人に戻るんだ、
一般人は、監視など受けたりはしない。

「と、言われましても。古泉一樹側の『機関』はいずれそうなるかも知れませんが
 私達はあくまでも佐々木さん主体。涼宮さんの方には大した関心はないんです
 むしろ佐々木さんの鍵、そして涼宮さんの鍵たるあなたの方が
 暫定的な優先度は高かったんです。それがいまは涼宮さんから離別したと
 言ったら、こちらとしてはこれまで以上にあなたと接触して引き込もうとするに
 決まってるじゃないですか。ご愁傷様ですね」
「……お前」

 軽く言ってくれる。
なんでそんなに俺に枷を科させたがる。
ハルヒの鍵じゃなかった俺は佐々木の鍵でなかったと考えないのか?
あるいは鍵であろうと、鍵にも意思があると、そう取ってくれないのか?

「実力行使にでることは、基本的にありません。
 ですが、これはこちらにしてみれば最大のチャンスなんです
 そう簡単には手を引くことはできません」
「なんなんだよ、……ちくしょう」
「……でも、安心してください。
 監視はあなたを尊重してやめるよう掛け合ってみます、
 あなたの機嫌を損ねたら勧誘できるものもできなくなりますから。
 その代わり、まぁ御察しのように私がお邪魔することが多くなるかもしれませんが」

 橘は、自分の言いたいことをそれで言い終えたかというように
口を閉じ、軽く微笑んでから、
それまでベッドに大人しく腰掛けていた周防と共に姿を消した。
俺は、なにか言い返そうとして開きかけた口を、
ただ黙って宙を見つめたまま閉じることしかできなかった。

「……って、あいつ靴忘れてるし」

 窓の外に置かれた橘の靴が二つ。
さっきまであいつがこの部屋にいたという証明だった。

―――


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