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九鳳院紫「お前は今、嘘を付いたな」いーちゃん「……!」

 十月、誰よりも博愛で誠実で、
この世の欺瞞と傲慢を打ち砕かんとこれまで生きてきた
根っからの正義感。つまるところのこの僕は
一人の少女と請負人に出会った。
少女は僕の天敵のような存在で、請負人は見るも耐えないような、
まるで昔の僕のように薄弱な存在だった。
奇しくも十月、最悪が嫌いと評したこの月に
僕はなにを思ったか彼らがこの十月に死んでしまわないように、
自ら動いてしまった。

それ自体が彼らを殺す引き金になりかねないというのに。
…まぁ、戯言なのは変わりないのだけれど、ね。
―――

 正確には揉め事処理屋、というらしい彼ら。
いつだったか僕が哀川さんと同じ道に進み、
しばらくして哀川さんが教えてくれた呼称、職業。
名前が違うだけでやってることは大体は同じ、
他人の依頼を受けて、それを解決する。
請負人は他人の代わりに物事を片付ける。
揉め事処理屋は他人の代わりに揉め事を処理する。
ここでの違いは僕や哀川さんは金と折り合いが付けば
どんな些細な事でも依頼を受け、こなすのだが。

「揉め事処理屋っつーのはよ、そのまんま揉め事オンリーな訳だ。
 人事間の諍いとか、あんまり表にでねー事件やらなんやら、
 気分が悪くなるような事柄を専門にしてんだよ」
「はぁ、例えば《殺し名》関係、みたいな?」
「似て非なるものだないーたん。だけど鋭いぜ、殺し名七名とは違うが
 非て似たもの、裏十三家、だったけな? 知ってるか?」
「いえ、まったく」

 嫌なことを聞いてしまった、と素直に思った。
単純に数だけを数えれば《殺し名》のほぼ倍、
零崎や出夢君や奇野さんみたいな連中がそんなに居るというのは
僕としてはどうやっても歓迎できない事象だ。
崩子ちゃんみたいのが一杯だというなら対応も変わるけど、
どうやら崩子ちゃんは結構イレギュラーっぽいしなあ。

「歪空、堕花、斬島、円堂、崩月、虚村、
 豪我、師水、戒園、御巫、病葉、亞城、星噛」
「なんですかそれ」
「数えれば十三あるんだからそこから発展しろよいーたん、
 自分で考えなきゃダメだぜ?」
「ということはそれが裏十三家って奴ですか?」
「そ、いま挙げたのは奴らの家名だな。
 それぞれが血縁、家族内でのみその技を伝え、
 その圧倒的な戦闘力で裏世界を牛耳ったって話だ。
 ま、いまじゃその半数以上が断絶してるらしいけどな」

 ますます《殺し名》に似通っている。
高い身体能力と閉鎖した家系内での伝統、
裏世界とか言うならばそこにあるのは殺戮の歴史。

「つっても、処理屋の方にしても十三家にしても
 普通にしてりゃ一生関わんねえから安心しろ」
「…それを僕にいいますか」
「あー…、まぁいーたんなら会っちまうかもな」
「マジで勘弁してもらいたいですよ…」

 そんな感じの会話を行って、ちょうど一週間。
僕は非常に難儀している。
そもそも哀川さんがそんな思わせぶりな発言して
何事もなかったことなどこれまでの経験からしてないのだ。
いつだってなにか面倒毎の最初と最後には哀川さんが
仁王立ちしてシニカルな笑みで僕を見ているのだから。

「…にしても」

 ふわふわの、…なんだろう?
ゴスロリ的なお嬢様的な、高級な感じのドレス。
細い手足に薄い唇、俯いた瞳の長い睫。
白くキメ細やかな肌、長く美しい髪。
全てが整っていて、むしろフランス人形のような印象の少女、

「なんで直接連れてくるんですか? いじめですか?」
「はっはっは、なんつーの? つまりこの間のはネタフリって奴だ」

 意図の伝わらないネタを振らないでください。
飄々としてなにを当たり前のように。

「でも、ほら、この間言ったのとは別口、表御三家の方だ」
「十分以上に面倒ごとです。むしろ多数に認知されてる分性質が悪いです」
「ま、そういうことで。しばらく頼んだわ!」
「……なんて無茶苦茶な」

 九鳳院、その知名度は僕でも言われればわかる程といえば
それなりに理解してもらえるのではないだろうか?
いや、我ながら情けないのだが、
僕の記憶力は相も変わらずのザルなので仕方が無い。
少しはマシになったかも、なんて自分では思うのだが
それは人として致命的なレベルから、
人としてヤバイレベルに上がった、みたいな感じなので
僕としてはやっぱり沈黙を保つしかない。

「…なんか、お嬢様って感じですね」
「そりゃ実際九鳳院のお嬢様だしな
 あーでもそのガキ、お前とはむしろ相性がいいんじゃね?」
「むしろってなんですか?」
「細かいこと気にすんな。…っとそろそろ私はいかなくちゃ!」

 わざとらしく腕時計を見ながら大声を上げる哀川さん。
そんなもの必要ないだろうにこの動作のために小道具として装備したのだろう。
微妙に小賢しいがしかしそんなこと僕が哀川さんに言えるはずも無く、
「じゃ、これは先渡しの金な。こいつの生活費も混ざってるから」と
僕に分厚い茶封筒を渡してさっさと消えてしまった哀川さん。
…そういえば今回はいつものやりとりをしてない。

 まぁそんなことは置いておく。
この場合は些細なことは無視しておかないと僕の脳がハングアップしてしまう。
ただでさえ許容量が少ないんだから効率よく使わなくてはならない、
そして最も今優先すべきは事態。そんなもの考えるまでも無い。

「…君の名前は?」
「…」

 無視された。
小学生になったかどうかの年齢の女の子に無視された。
確かに! 確かに僕は決して子供に好かれる人間ではないけれど!
だからって一応の礼儀として名前を問われたら子供らしく素直に
少し舌足らずな口調で名前と言いつつ年齢を指の数で表して、
さらに言ってる数字と指の数が違い、それを指摘されて照れるような動作をするべきだろう!
常識として!

 …少し脱線したので戻させてもらう。
子供相手ということでやや大げさに差し伸べた手が気恥ずかしい。
僕はううん、と気を取り直して再度名前を聞きなおしてみ。る
全く僕が子供に優しいお兄さんでよかったね、
ロリコンという意味ではないけれど。

「誘拐犯になのる名は無い」

 なんとも芯のある、凛とした響きの声で叱責された。
しかも爆弾発言。僕を誘拐犯呼ばわりだった。
この場合哀川さんが実行犯。そして僕はその相棒といった感じか?
あの人、本当に無茶苦茶だな、脳内回路が常時スパークしてやがる。
僕はこの少女乃至関係者からの依頼なりなんなりか、
最低でもこの少女から今回の事に関して情報が聞けるんじゃないかと思ってたんだが。
これは予想外。いや、むしろ予想通りなのだろうか。
非常に嫌な予感がする。
ここの所鈍ってた予感がビンビンきてます。
ちくしょう、あの茶封筒の中身がどれだけだろうと割にあわねぇぞこれ。
嫌だなぁ、ここの所入院してないですんでるんだぞ?
らぶみさんにはもうしばらく会わないでいたい。

「ゆ、誘拐犯…?」
「そもそも、他人に聞くときは自らの名を名乗れ痴れ者め」

 なんとも、古風で厳かな喋り方で、
まぁそういう要素も色々と最近では需要あったりなかったりだけど。
…痴れ者って、僕は君に今のところ何一つしてないんだけど…。

「僕の名前、か」
「そうだ、まさか名前が無いというわけじゃないだろう?」
「さて、どうなんだろうね? 僕は本名をいままで三人にしか教えてないのが自慢でね」
「嘘だな」

 間髪居れずに虚偽扱いされた。
たじろいで咄嗟に少女を見ると少女は僕をまっすぐに、
その綺麗で穢れを知らない幼い瞳で見つめてくる。
自分の内面を探られるようで、自分の内側に踏み込まれるようで、
僕はすぐに目を逸らしてしまった。

「名を三人に教えていない。これは…、うむ、本当っぽいが、
 しかしそれを誇ってはいないな?」
「…だからなにかな? 悪いけど君みたいな子供に、
 ましてや初対面の相手にどうこう言われる程僕は簡単な作りをしてないつもりだけどね。
 確かに誇りに思ってないことは事実だけど、
 事実をそのまま口にするのは他人に嫌われやすい行動の一つだからね、年長として忠告しておくよ」
「なら元より真実を口にすればいいのだ」
「そんなことをしたら世界は二秒で崩壊するよ」

 なんだろう、やりにくい。
子供なんて、確かに口八丁手八丁が聞かない、
理屈も常識も哲学も良識も無い、感情で動く生物で
最初から僕の苦手とするタイプのなのだが。
妹や真心や玖渚や姫ちゃんとか
出夢君や玉藻ちゃんやその手合いのとか
そういうやりにくさじゃない、僕の意識どうこうや立ち位置の違いどうこうじゃない、
ノイズ君や統乃さんや名も無い彼女のようなやりにくさ、
戯言が響かない、分厚いゴムを殴ったかのような感触。

「君は誰だ…?」
「おまえは馬鹿なのか? だから名を聞くなら…、と今聞かれたのは名前じゃないか…」

 うぅん、と悩んで九鳳院の少女は口にする。

「私は九鳳院家の娘、九鳳院紫だ」

 九鳳院の、紫。
それが僕を翻弄する事件の、始まりの少女の名だった。



「で?」
「は?」
「だから、不本意ながらもわたしは名乗ったのだ。お前も名を名乗れ」
「…ん~、さっき三人だけって言ったよね。本名を呼んだことがあるのは」
「あぁ、言ってたな」
「全員死んでるんだ」
「…ぬ」

 少し子供には現実的過ぎたか、反省しなくては。
どうにも調子が狂う。なにもいま紫ちゃんに真実を話さなくてもよかったはず、
それこそ回りくどく誤魔化せばいいのに、だ。
嘆息一つ、拍手を叩いて肩を竦めて仕切りなおし、
目深にしていた紫ちゃんも顔をあげて僕を見る。

「僕の身の回りで僕と繋がりがある人間はみんな好き勝手にあだ名で呼んでるから、
 君もそうすればいいんじゃないかな?」
「…例えばどんな?」
「いままで呼ばれたことがあるのは《いっくん》《いの字》《いー兄》《いのすけ》に
 《いーの》《いーちゃん》《いーいー》《師匠》《戯言遣い》、とかかな」
「変なあだ名ばっかりだな」
「僕もそう思うけどね」

「……というかだな」

 しばらく悩んでから紫ちゃんが口を開いた。

「ん? どうかしたかな」
「誘拐犯をあだ名で呼ぶのも私は抵抗がある」
「…」

 そうか、そういえばこの子はそう解釈してるんだったっけ。
よくないな、過程はどうあれ哀川さんによろしくされてしまった以上、
最低限僕はこの子の世話をしなくてはならない。
その上で僕の事をこの子が誘拐犯(の相棒)と思われてるのはよくない、
ありがたいことに僕は僕が誘拐犯で無いことを知ってるので
ここはしっかり大人として間違いを訂正してあげよう。

「なにか勘違いしてるみたいだけどね紫ちゃん。
 僕は誘拐犯じゃないし、君をどうこうする予定もない、
 僕としても正直なにがどうなってるのかわからないんだよね。
 哀川さんってば相当軌道が読めない人だから。
 できれば君の知ってることとかここに来る経緯とかを聞きたいんだけど」
「…」

 じっと僕の目を見てくる。深い、深い、不快、瞳。
なんでそんな目で見られないといけないだという暗い感情が湧いて出る。
それでも意地なのかなんなのか目を逸らさずにいると、
二度頷いて紫ちゃんは

「なるほど、嘘じゃなさそうだ。
 そうか…、しかし悪いのだがわたしもなにぶん突然あの女にさらわれたからな…
 正直訳がわからんのはわたしも一緒なんだ」
「マジかよ…」

 哀川さん、もう少しアフターケアっていうかなんていうかをしてください。
なんで訳のわからない人間同士を集めて放っておくんですか、
と思ったところで茶封筒に目が行く。
…なに説明書的なのが入ってないか、微かな希望をかけて、
腕を組み悩む紫ちゃんを置いて手に取り封を開ける。

 上部の部分を千切り引っ張ると、大きくパンッ! と音がした。
不意を打たれたのか視界の端でひっくり返る紫ちゃんが見える。
ドレスなんだからもう少しおしとやかにして欲しいな、個人的に。

「…クラッカー、か?」
「な、なんだそれは!?」
「いや、パーティとかで景気付けにやる奴で、
 今みたいに音を鳴らすんだよ、あとは紙ふぶきとか…」

 いいながらとりあえずくっついてる紐をはがして
中から折りたたまれた書類と札束を取り出す。
札の方はざっと150万位はありそうだ。
まだ目を瞬かせる少女を僕は一瞥してから書類に目を通す。
一枚目、マジックででかでかと『これが青酸カリと酸だったらいーたんは死んでたぜー』と。
…馬鹿かあの人。

「なにかわかったのか…?」
「いや、再確認ができただけかな、今のところ」

 その後、呆れながらも残りの書類に目を通す。
ざっと読んでみたが、大体の内容は把握できた。
つまりあれだ。うん、哀川さんは本当にこの子を誘拐してきやがった。
この子の素性とかその他詳しいことは上手い具合にはぐらかしてあるけど、
その事実からだけでも不味さがわかる。
これは今の僕が踏み込んでいい場所じゃない。
明らかに四年前の僕の領域だ。

「どうした?」
「ううん、なんでもないよ」
「…おまえはいま、嘘をついたな」

 またも一蹴された。
この世の中には優しい嘘と呼ばれる類の物があると教えておかなくてはならないらしい。
正直、なんで保護者でもなんでもない僕がそんなことを? と言った感じなんだけど。
家庭教師をやっていたこともあったけど、僕は他人に物を教えるのが上手くないのだ。
勉強とか型に嵌ったのならまだしも、生き方道徳倫理なんてのは範囲外もいいところだ、
なんていったって僕が教えてもらいたいのだから。

「なにがそこに書いてあったのかは聞かないが…、
 よくないことが書いてあったのだろう?」
「…まぁね」
「わたしには良くわからんが、とりあえずしばらく頼まれたからには
 わたしからも頼むぞいーちゃん」
「ん…、ん? いまなんて呼んだ?」
「いーちゃん、と呼んだのだ。とりあえず先の呼称の中でそれが一番気に入った」
「…そうかい。まあ好きにするといいよ」

 この子に嘘は通じないらしい。…ならば真実を言ってない場合は?
嘘しか言わない人間はどうなる? 昔の玖渚のように自分自身を偽れる人間はどうだ?
嘘を言ってるが当人はそれを勘違いによって真実と思い込んでたら?
彼女は一体どのレベルまで人の嘘を見破れるのだろうか。
…やめた。僕らしくない。
~~っぽいとか、そういう固定的な物言いは好きではないが、
しかしキャラクター性や人間性というのは大事だ。
九鳳院という異常をも超えた超常な家系の人間とはいえ一少女に、大人げない。

「ところで、多分わたしはしばらくここで世話になるのだろうが、
 わたしの部屋はどこになるのだ?」
「…君の部屋、か」

 そういえば考えてなかった。
先ほどから居るのは仕事用の部屋で、べつにプライベート用の部屋もあるが
そちらは多分まだ玖渚が寝てるし…、っていうか玖渚になんて説明すればいいんだこれ?
いや、いまはそれは置いておこう。
仕事部屋と私室とは区別してるからこの部屋には寝具の類は無いし、
かといって新しく部屋を借りるってのも面倒だ、
そもそもその場合僕もしばらくそっちに移住しなくてはならない。
二重生活は面倒だし、この子を一人別室に放って置くわけにもいかない。

「…って、えぇぇ!?」
「む、今度はなんだ?」

 今度はというか、君がなんだ!
何故君はいきなり服を脱いでいるんだ!
悪いけど僕にはそういう趣味は無いんだ、
ロリコンとかそういった言葉から最も縁遠い人間と評判なんだぞ?

「嘘だな」
「え?」
「ん? …いや、微妙だな、どっちだ?」

 悩むな。スパッと受け取ってくれ。
というかそれは僕にそういった趣向があることを示してるのか?
今日知った事実の中で最もショックがでかい。
…いや、それより早く服を着てくれ。
誰かに見られたら社会的に僕は死ぬ。
多分肉体的にも精神的にも殺される。
戯言遣いは三度死ぬ。

 迷走、というかむしろ暴走とも言える僕の思考。
というかその着替えを取り出してるボストンバッグはいつからそこにあった。

「さっきの女が置いていった、適当に服類だそうだ」
「…それはある意味助かったのかな、買いに行くには少々僕の精神が耐えられそうに無い」

 女児用の衣服や下着やらを買いあさってる成人の男を見かけたら、
僕なら迷い無く一瞬の逡巡も躊躇いの無く通報する。
いや、人によっては子供の服ってのも考えられるが、
自分の外見を第三者目線で観察するにあたって父親という肩書きは絶対に当てはまらない。
実際に子供が居ないのだから当然だが、
その当然の所為でしばらく青い制服の連中に追求されるのはごめんだ。
警察関係のつてが無いわけじゃないけど、
そんなしょぼい事に使いたくない。情けなさがむしろ倍増する。

「で、私の部屋のことだが」
「あぁ、そんな話もしてたね。ん、とりあえずここは仕事用の部屋だから隣の私室にきてくれるかな?」
「ん、よかろう」

 無地のTシャツと茶のズボン。
先ほどまでの煌びやかなドレス姿とは打って変わって、
普通の女子小学生のようないでたち。
似合っていたというか、やはり様になってるとでもいうのだろう
あのドレス姿でなくなったのは少し残念な感じだが、
しかし僕としては多少対応しやすくなった。
子供は子供らしい格好で居てくれた方がいい。
僕も、子供らしい子供ではなかったけれど。

「おうっ、いの字、大家がまた文句を言っ――」

 紫ちゃんを連れて私室に向かおうとしたと同時に、
みいこさんがナイスタイミングで玄関を開け、雑談交じりにやってきた。
台詞が途中で止まった理由など考えるまでも無く、考えたくも無い。
服装を変えて少々ボーイッシュではあるけれど、
しかしそれは男の子と間違えるレベルじゃない。
確かにこの位の年頃で顔の整ってる子は中性的ではあるが
この艶やか髪の毛や長い睫や、なんやらかんやらが
紫ちゃんが女の子だと一目見てわかる程に主張してる。
そもそも僕が男の子を連れてたとしたら、それはそれでまた問題だ。
というかみいこさん、ノックくらいは最低限してください。
なんでこのタイミングで始めての試みにでるんですか?

「みいこさん、なにか言う前に僕に一言喋らせてください」
「…なんだ?」
「あとで説明します」
「…わかった」

―――

 後程きっちり説明をする代わりにと、
一応は不問にしてくれたみいこさんは、ただ一つ
『崩には見られる前に説明しとけよ?』と
骨身に渡る助言を僕に寄越してその場を去り。
強張ってるのが見ずとも触れずともわかる表情を誤魔化しながら
息を整え、不遜に僕を見上げる紫ちゃんと共に私室に入った。

「…ここが僕のプライベート用の部屋になるのかな」
「なにもかわらんではないか」
「は?」
「だから、ここでどうやって暮らすというのだ?」
「いやいや、なに? なに言ってるんだい紫ちゃん。
 ここには寝具があるしテレビや箪笥などの家財道具もある。
 生活環境は整ってるでしょう」
「こんな狭いところでか?」

 こんな狭いところって…。
確かに二部屋の家というのはあまり広くは無いけれど、
だからって少女に唾棄されるような狭さではないはずだ。
そもそも、前はこれの半分の広さで、
僕はそこで生活をしていたんだけれどそこのところはどうなのだろう。

「寝るのはここでいいとしよう」
「うん、妥協と譲歩は人間に最も大事な事だよ紫ちゃん」
「食事はどこですればいいのだ?」
「ここだね、食事は基本的にプライベートな行いだ」
「食堂はないのか?」

 君は一体一般庶民に何を期待してるのだ。
なにも僕が一般的で健康的な清く正しい庶民とは言わないけど、
でも生活水準は一般的な物で、それを否定するのは少々心証が良くないよ?

「リビングは?」
「この家は所謂2Kという奴なんだ、リビングは無い」
「風呂は?」
「さっき通り過ぎたところがそうだけど?」
「…これが普通なのか?」
「そうだね、所帯持ちだったら一軒家だったりマンションだったり
 もっと広いだろうけど、僕はこれぐらいが丁度良いと思うよ」
「…むぅ、そうか。ならば私も対応するしかないのか」
「不承不承仕方なくみたいにいわないで欲しいな。
 九鳳院がどんな場所か知らないけど、
 そんな生活は世界規模でも極僅かなレベルだと思うよ。
 僕だって裕福じゃないけど、でも幸福ではある、衣食住が確約されてるからね?
 そういった貧富の差って、教えてもらってないかな?」
「…すまぬ、贅沢を言った」
「いや、我侭贅沢は子供の特権だから気にすることはない。
 ただそれを当然と思わないようにね」
「うむ」

 なんて会話をこなしつつ、
なんだかすっかり紫ちゃんがここにしばらくとはいえ
住むことが規定事項みたいになりつつある。
哀川さんにもらった書類の中には万が一にも
僕が投げ出さないように悪魔の一言も添えられていたとはいえ、
この子の対応の早さや誘拐された側だというのに冷静で堂々とした佇まいなど、
些か驚嘆ともいえる感情を抱いている。
これは九鳳院の英才教育、ないしは帝王学のようなものの結果なのだろう?

 認知度に反比例するかのように、その内情を外部に鐚一漏らさない九鳳院。
どことなくそれは澄百合学園の一件を彷彿させる。
超に超を重ねてまだ足りぬ、超の上に超を三つ重ねて均衡が取れる
名門上流階級専門女子高、その名に隠された殺戮兵の教育現場。

 そして哀川さんが言葉を濁し、僕に頼むと置いていった少女、
玖渚機関を筆頭とする経済力の世界、
四神一鏡が制する政治力の世界、
殺し名七名 呪い名六名が偏在する世界、
そして普通の世界。
四分割した世界の中で最も力があると評された普通の世界をさらに三分割した一つ、九鳳院。

「どうしたいーちゃん」
「…久々に、戯言だなと思って」


―――

 京都の夏は異様に暑く、京都の冬は異常に寒い。
古風で伝統を受け継いだ日本文化の中心ではあるが、
そんなところまで侘び寂びを持ち込む必要はないと僕は切に思う。
防寒着を着込むことをしない僕としては非常に切実で、
まだ十月という時期にも関わらず身を切るような風がそこここに流れている。

 人類最悪の言葉が不意に頭をよぎる。
九月は人が死なず、十月は人が死ぬ。
僕の身の回りで人が死ぬことは少なくなったとはいえ、
それでも職業柄人死にはそれなりに今でも遭遇する。
九鳳院という名前は、どうしてもそれを想起させる。

「嫌だなあ…」

 呟きは薄く白く凍って、すぐに消えていく。
早朝とはいえ、もう息が白くなる季節だというのか。

「…嫌だなあ」


 現在、僕の傍らには紫ちゃんはいない。
塔アパートの住人に任せて僕は所用の為に歩いている。
いままでは関係ない向こう側の名前だった九鳳院、
哀川さんが黙秘してるのなら最低限は自分で調べるしかない
単にそういうことだ。
僕はコンピューターに強いわけじゃないし、
自宅でできることなどたかが知れている。

「お久しぶりですわお友達」
「どうも、ご無沙汰してます小唄さん」

 というパターンで、僕が頼れるところ、あてにしてしまう、人間。
筆頭の哀川さんが問題を運んできて黙秘している、
つまり僕に知られたくないから教えないでいる。
哀川さんがブロックしてるその状態で僕が情報を手に入れるために
頼れる人物など本当に限られている。

 石丸小唄さん。
僕があの直後、いの一番に連絡をとったのが彼女だ。

「あれ? 真心は一緒じゃないんですか?
 いまは小唄さんと一緒に行動してると哀川さんに聞きましたけど」
「いまは別件の後片付けの最中ですわ、
 ですから今日はわたくしだけですけど、お友達はなにか不満でもありまして?」
「いえ、もしかしたら久しぶりに話せるかと思っただけで、
 目的を達するには小唄さんがいれば問題ないです」
「それは十全ですわお友達」

 新京極付近、国際ホテルの一階喫茶店。
毎度お馴染みの待ち合わせ場所。
いつもの帽子にデニムのズボン。
向かいに座った僕にすばやくよってくるウェイターに
コーヒーを頼み、自分の分の紅茶を優雅に一口含んでから
小唄さんは話を切り出す。

「今回の頼み、わたくしはなにをすればいいんですの?」
「調べ物、ですかね。ちょいと厄介な事に足を踏みこんだっぽくて」
「厄介な事ですか、それは調べ物自体も厄介な物ですの?」
「でなければ小唄さんにわざわざ頼みませんよ。
 僕が小唄さんに頼む物は、小唄さんじゃなきゃできないことだけです」
「それはずいぶん買っていただいて十全ですけれど、一体なにを調べろというんですのお友達」
「九鳳院」

 小唄さんの動きがとまり、
いぶかしむように僕をじろじろと見つめてくる。

「聞き間違えならばいいのですけれど、
 あなたいま表御三家の一つ、九鳳院、といいました?」
「えぇ、間違いじゃないですよ。その九鳳院について調べてもらいたいことがあるんです」
「…はぁ、厄介も厄介、相当な大厄介事ですわお友達。
 あそこに忍び込むのは無理とはいいませんがそれなりに無茶です、
 あんな所のなにが知りたいので?」
「できうる限りの全て、ですかね」
「全て、ですの?」
「えぇ、小唄さんのできる限り目一杯の事を調べてほしいんです」
「……はぁ、わかりました。できる限り、やってみますわ
 期間の指定はありまして?」
「いえ、特に切羽詰ってはいないので」
「わかりました。そうと決まればここでのんびりしてる時間はありません、
 早速ですが準備に取り掛からせてもらいますわ、それではお友達、ごきげんよう」

 会話時間、約五分程度。
短時間の会合は小唄さんがいつものように伝票を持って去っていく形で終了した。
これで、第一目的は達せられた。
次は第二目的、保険という奴だ。
これも小唄さんに頼んでもよかったんだけど、両極端の双方を彼女に一任するのも酷だ。
彼女と僕は仕事ではなく私件として会っている、
つまりは小唄さんは僕に対してボランティアで調べ物をしてくれる形になる。
だと言うのにほとんど訳も聞かずに動いてくれるのだから本当にありがたい、
故に、必要以上の負担はかけるわけにはいかない。

 それに、保険の方、知りたい情報その2に関しては他にもつてがある、
ここから向こうにのんびりと歩いていけば丁度昼頃だし
腹ごしらえも兼ねるのも悪くはないだろう。

――――


 楓味亭。ネーミングから大体想像できるように食事処で、
さらに言うとラーメン屋という奴だ。
ここに僕が仕事の関係で知り合った情報屋が居る。
久方ぶりに見るこの建物と、ラーメンの香りを感じながら
僕は正面の店入り口から、暖簾をくぐって中に入る。
従業員の軽快な威勢のいい声にでむかえられながら、
いくつも空いている場所の中で厨房に近い一つに腰を下ろす。

「おっ! いっちゃんか!」
「どうもお久しぶりです銀正さん」
「半年振りくらいか? いや、あの時は助かった。今日は銀子に用事か?」
「えぇ、そんな所です。調べ物を頼みたくて」

 情報屋、というのはその名の通り
情報を売買することを業としてる人間の事だ。
売買というからには当然お金はかかるのだけれど、
前回のことで彼女の腕を知ってるためここに来た。
それに貸しがあるので一回だけ割り引いてくれるそうだし。

 と、僕の目の前に水がなみなみと注がれたコップが乱暴に置かれる。

「どうも看板娘さん」
「…注文は?」
「塩ラーメン」

 無愛想な少女、
年頃は大体崩子ちゃんと同程度。
村上銀子、僕が会いにきた情報屋その人だ。
彼女は僕の注文を聞くと、顔見知りだというのに会話の一つもなしに
そのまま厨房に注文を届けて、僕に目を向けることは一度も無かった。
きびきびとしたその動きやなにやらは
決して僕の嫌いな物ではないのだけれど、
彼女はどうにも僕が好ましくないらしかった。

「…ずいぶんと嫌われちゃったなぁ」
「なに言ってんだい、ありゃ、あれだ、照れ隠しみたいなもんだ」
「はは、そうだといいんですけどね」

 会話をしていると、また従業員の声がして
銀子ちゃんはその客の下にきびきびと歩いていく。

「はい塩ラーメン」
「いただきます」

 僕の前におかれるラーメン。
うん、久しぶりだけどやっぱり美味しそうでなによりだ。
時間も少したって客足も増えてきたようで、
色々と骨を折った甲斐もあるというものだ。
僕は見慣れた四角いぐるぐるの描かれた容器に入ったラーメンに手をつけ

「変態」
「ぶっ!?」

 ると同時に聞こえてきた声に危うく噴出しそうになる。
一体全体どのような意図があってその様な発言を行ったのか、
僕はほぼ反射的に声のした方、先ほどきた客と会話する銀子ちゃんを振り向く。
見れば、銀子ちゃんと同世代の男の子を発見した、
線の細い感じ、というと年齢も相まって萌太君の事を思い出すところだけど
しかし方向性が違う感じだ、決して格好いい訳でも綺麗でもなんでもない、
普遍的な男子高校生の外見。

 銀子ちゃんは無愛想に
少年は肩を竦ませながらややおどおどした感じで、
しかしそれなりに仲良さそうに会話してる。
傍から見れば普通の同級生、といった感じ。
しばらく会話を行ったあと、銀子ちゃんはやっぱりきびきびと他の席に向かってしまう。

「シンちゃん、久しぶりじゃねぇか。元気か?」
「まあまあですね」

 銀正さんと話して、銀子ちゃんに銀正さんが怒鳴られて。
なるほどずいぶと親しくしているようだけれど。

「…ふぅん」

 しかし、どこか違う。
なにがと問われればわからないのだけど、
直感で堅気じゃない、とわかった。
銀子ちゃんにもそれは少しあるけど、彼女はインターネット越しにしか
そういったやり取りは行っていないから薄くしかわからないそれが、
そこの気弱そうな少年の体からは、はっきりとでている。
よくないなぁ、その年で、よくない。
僕だってその年のころはER3で素直に勉学に励んでいたというのに。

「…」
「…ん?」

 僕の視線に気が付いてしまったのか、
少年が銀正さんから僕に目線を移動させる。
つい僕は彼に軽く会釈すると、彼も少し笑顔を作って頭を下げる。

「はい、もやしラーメン大盛り、お待ちどうさま」

 ドンと力強くどんぶりを彼の前に置く銀子ちゃんを見て、
僕は少年から目を離して自分の前のラーメンに向き直る。
やや伸びかけた麺はそれでも美味しく、
今朝方からなにも口にしていない僕の腹を満たすには十二分であった。


 紅、真九朗という名前。
その少年が哀川さんの言っていた揉め事処理屋であるということ。
そしてその揉め事処理屋がやはり哀川さんが言っていた裏十三家に関わっていること。
僕がそれらの事実を知るのは、ほんの少し後である。

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