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九曜「――あなたの瞳は、とても――綺麗ね」

 部室棟、通称旧館とも呼ばれる校舎。
その中の一室、文芸部と書いてある部屋の扉の前に俺はいた。

「…おい、文芸部と書かれてるが本当に使っても良いのか?」
「構わないらしいよ。少なくとも彼女はそう言ってた」
「彼女?」
「そう」

 微笑を絶やさず返答しながら、目の前の少女は文芸部の扉を開く。
そして目に入った部屋、文芸部の部室は非常に簡素な物だった。
小さな本棚と折りたたみ式の長机、そしてパイプ椅子がいくつかある。
それがこの部屋にある物のすべてだった。
……いや、もう一つだけ、…正確には一人なのだが、
一つと形容してしまうほどに身動きのしない
黒い長髪の少女が、いた。

 パイプ椅子に腰掛けて、扉の開閉の音にも見向きもせず、
窓の外を眺める人形のような少女。
先ほど言ってた"彼女"と思わしき少女は、
少ししてようやくこちらを向いて、

「――周防九曜」
 そう短く呟いた。
俺はそれが彼女自身の名前であることにしばらく気付けなかった。
非常に平坦で平淡な声質、淡白で希薄な声量。俺は再度空の観察に
戻った周防九曜と言うらしい少女に向かって念のための質問、
乃至は確認をとらせてもらう。

「あー、周防さん? 本当にこの部屋を借りてもいいのか?」

 彼女は空から目を逸らすことなく。

「――いい、私は―――構わない」

 そう言い放った。
内容よりも彼女が発する、ただの音と判断しかねない声に
少し気圧される形で黙り込む。

「ね? 僕の言ったとおりだっただろキョン」
「はいはい、その様だな」

 意気揚々と俺の顔を覗き込んできた少女――佐々木が笑う。
そして人差し指を立てながら喉を鳴らす様ないつもの微笑とともに、

「では明日の放課後から早速ここに集まってもらうからねキョン」

 それが、俺が本格的に逸脱することになった切っ掛けで、
俺の人生で最も輝く、決して忘れられない三年間の、
開幕記念日だった。


―――

 正直認めたくなかった部分もある。
それでも否応なしに気付いてしまうことがある。
年を少しずつ重ねる毎に、はっきりと形作られる現実という枠組み、
天井という自分の限界、自分の器、周囲の環境、性格、流れ。
誰でも一度は経験したことがあるだろう、
自分自身の圧倒的な万能感、万有感。
自分が特別だと根拠も無く信じ込めて、自分を中心に世界が回ってると
本気で思うことができた幼少のあの一時。

 その全てが嘘偽り幻想だと気付くことは容易くて、
簡単に誰もが気付いてしまうその事を、俺は認めたくなかった。

 この世に正義の味方はいない。
超人的な能力を持ち、たった一人の力で世界を変えられる存在など、
ありはしない、あってはいけない。

 超能力者も、未来人も、異世界人も、宇宙人も、
地底人も、天上人も、透明人間も、
スパイダーマンもバットマンもスーパーマンも
ウルトラマンもウルフマンもゼブラーマンも、
この世には存在しやしない。仮に存在しても、彼らは接触してこない。

 超能力者は接触してこない。
 未来人は接触してこない。
 異世界人は接触してこない。
 宇宙人は接触してこない。
 地底人は接触してこない。
 天上人は接触してこない。
 透明人間は接触してこない。

 スパイダーマンは接触してこない。
 バットマンは接触してこない。
 スーパーマンは接触してこない。
 ウルトラマンは接触してこない。
 ウルフマンは接触してこない。
 ゼブラーマンは接触してこない。

 接触してこない物は観測できない。
観測できないものは、存在してもしなくても変わらない。
だから存在しない。
一種逆恨みにも似た鬱屈した気分、
それと同時に知覚するガキな自分の卑小さ矮小さ、
所詮学校の塀の中で大半を過ごす囲まれた世界。
認めたくないと思うほどに身動き取れなくなるこの状況。

 結局、どう足掻こうとも俺はどうしよう無いほどに
一般的で普遍的な男子中学生で、
その為になんの疑問も抱くことなく一般的な男子高校生に昇華した。
いや、なにも思わずにという訳じゃない。
誰にもあるようなメランコリーさも、今まで通っていた中学から去る
ことに対する空虚な感覚も確かにあるにはあった。
けど、高校なんてのは義務教育となんら変わるわけでもなく、
俺は大した感謝も感涙もなく中学を卒業したし、
大した感慨も感動もなく高校に入学した訳だ。

「どうもよろしくお願いします」

 恙無く進行した入学式を終えた教室。
恒例の自己紹介を無難にこなした俺は、
席に座りなおし一息、前の席の女子に声をかける。

「しかしまさかまた同じクラスとはな佐々木」
「ふふっ、僕も予想外だったよ。…でもおかげでもこの一年間は楽しく過ごせそうだ」
「まぁ、そうかもな」

 中学からの友人(佐々木曰く親友)である佐々木、
それともう一人親しい友人の国木田が同じクラスに配属された。
自己紹介を聞いても、あたりを見渡しても
あからさまにハズレや地雷と思わしきキャラをした者はいない。
皆々趣向を凝らした普通の自己紹介にとどまっている。

「で、キョン」

 後ろでいま自己紹介してる谷口と言う奴を
一応義理的に振り返りながら眺めていると、佐々木に呼ばれる。

「なんだ佐々木、初日からあまり私語をしてると目をつけられるぞ」
「いや、君は一体どんな部活に入るか決めたかどうか。
 それを聞きたくてね、ちなみに僕はまったく決まってない」

 くつくつと喉を鳴らし笑う佐々木に部活についての思考を巡らす、
高校生活をエンジョイするには中学と違って帰宅部という訳には
…流石に行かないだろう。場所によっては部活に入るのを強制したりもする。
しないにしたって、帰宅部は何もしてないのだから部活してる奴と
おなじ成績ならば部活に入ってる奴のほうが補正を受けるのは当然だろうし。

「運動系はパスだな」
「ふふっ、やっぱりそうだろうと思ったよ。
 僕も体育系統の部活はパスしようと思っててね」
「ほぅ、なぜだ?」
「キョンがいないからね、散歩部みたいな手軽且つ人数少なめで楽な部活はないかね?」

 知るか、というか最初の案内に目を通してない俺に
きっちり最初から最後まで読み通したお前がこの高校についての質問をするな。
俺の無知さが際立ってしょうがない。

「まったく君って奴は、まぁ部活の希望書を書くのはしばらく先だし。
 のんびり吟味することにしよう。急いては事を仕損じるとも言うしね」
「はいはい」

 隣の列の先頭が自己紹介を始めたのを聞き流しつつ、
俺はこの時、別段なにも思わずにそんな会話をしていた。
切っ掛け以前の前振りとして。


―――

 
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