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杏「杏が休みを求めるわけ」

 
 六月も半ばに入ってエアコンが時々仕事をしだした。
杏もデビューして早二年になる。
仕事はボチボチ。あるいはまぁまぁ、もしくはそこそこ。
ランクで言うならCランク位。知ってる人は知ってる。
外出るときは変装する。

 事務所のソファーに寝転がったまま三十分。
視界の端にうつる時計は午前十時を指している。
その下のスケジュール表を見る限りもう少しは他のアイドルが来ない。

「長い休みが欲しい。具体的には一ヶ月くらい」
 ふと、思いついたように。自然な調子を装いながら
キーボードを叩くプロデューサーの背中に声をかける。

「あー、そりゃ無理だな」

 困った様に笑いながら却下された。
その顔はこっちを見ず、モニターに向かったまま。
でも、声だけで表情まで浮かんでくる。
いつもの表情、いつもの声。

「ちぇー」

 とか言って見るけれど。実は別段落ち込んでなんかいなかった。
わかってて言っただけだから。むしろほっとしている。
働きたくない。休みたい。そこそこの頻度で杏が口にする言葉。
半分は、本音だけど。もう半分は言葉にできない。

「それより、レッスンスタジオに行く準備しとけよー。
 今日は定期測定あっただろ?」
「あー」

 言われて気分が滅入る。半年に一回やって来る最も嫌いな仕事。
仕事? んー、ちょっと違うか。まぁ、でも。やらなきゃいけない事。

「行きたくない、休みたい」

 素直な気持ちを口にして見る。
今度は十割本音。

「ん~、そういわれてもな。今日行かなくても別の日にやることになるぞ?
 ……先送りにするのはやめておけ」

 また困ったように笑いながら、でも真面目な調子で返された。
ずるいんだ。その顔で、そう言われたらもう行くしかなくなる。

「……ん。じゃあ行く、から飴頂戴」
「はいはい」

 キーボードを叩く音が止んで、代わりに引き出しの開く音がする。
そんで寝てる杏に寄ってきて口に入れてくれる。
優しい味、甘くてまんまる。

 丸くて甘くて優しい。まるでプロデューサーじゃんと、一人で笑うと
プロデューサーは少し目を細めて微笑む。
多分、飴を貰ったから杏が笑ったんだと勘違いしてる顔。

「行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」

 今度は普通の笑顔で見送られた。
事務所の外、蒸れた空気が肌に纏わりついて、憂鬱。

「……はぁ~あ」

―――

「吸ってー」

 レッスンスタジオでスパイロメーターを装着し、
トレーナーさんの声に従って鼻から息を限界まで吸う。
それこそ年齢が一桁の子供のようにお腹が膨らむ限界まで。

「はい、はいて」

 そして今度は限界まで吐き出す。身体が萎んでしまう位。

「はいOK。……約2Lかぁ」

 マウスピースを外し鼻についたクリップを外す。
正直これをやってる姿はあまり人に見られたくない。
杏でもそう思うから他のアイドル達はもっと嫌なんだろうなぁ、
奈緒とか美嘉とか、絶対嫌がる。でも、やってる。凄いなぁとか思う。

「2リットル……」

 そんで測定値を聞いて少しへこむ。
成人女性平均以下の数字だ。毎日レッスンして身体を動かして、
いくら頑張っても平均以下。体格を考えればそんなものかもしれないけど、
やっぱり少しへこむ。 これ以上凹まないほど、起伏の無い身体だけど。
なんて自嘲して、さらに凹む。

 
「じゃあ次はシャトルランいきますね」
「うえぇっ。パス」
「だーめ」
「ぐぬぬ……」

 20mシャトルラン。
あれを考えた奴は絶対にサディストだ。
そしてアイドルの体力測定プログラムに入れた奴はもっとサディストだ。
年頃の女子が息を切らして汗を流してる姿を見て悦に入る変態だ。
だからなくそう。と、以前プロデューサーに言ったら、あの顔で無理だと言われた。
ずるい。本当にずるい。

―――

 結果、五十二回。限界まで走って五十二回。
中一女子平均と同程度。杏と同じ高校一年女子の平均を大きく下回る。
……まじか半年前とほとんど変わってない。

「うわぁ……」

 結構な衝撃で思わず口から自分に幻滅する声がでた。
多少変化があると思っていたのにこれはへこむ。
一日に何回へこまされてるんだ杏は。

「……杏ちゃん?」
「ん~、相変わらず酷いねぇ」

 トレーナーさんが顔を覗き込んでくる。
杏は勤めて普通に振舞う。へらへらと軽く笑って、
銀のカウンターを眺めて、わかってましたとばかりに。

 ――悔しいと思ってると、思われたくない。
 
 他のアイドル達と同じに基礎レッスンで体力をつけ、
ボイトレで肺活量を鍛えてる筈なのにこれ。

 ――けど、悔しい。

 正直笑えてくる。これじゃ三時間を越えるライブはできない、
ソロステージなんて以ての外だ。ツアーも無理。
一日に三回も四回もまわす舞台とかも無理。

 ―――悔しい。

 この仕事が好きになるほど、
アイドルとして頑張りたいと思うほど。
自分の以前の生活が、体格が、恨めしくなる。
なんて大きなハンディキャップなんだろうと。

 ――――悔しいっ!

 もちろんあの腐った半引きこもりニートの生活をしている、
外見チビロリの杏でなければプロデューサーとも出会ってなかったのかもしれないけれど。
ままならないなあ。茜程とは言わないけど、もっと体力が欲しい。
きらり程とは言わないけれどもっとタッパが欲しい。

 結局、その感情を引きずったまま次の仕事に向かった。
どうなったのかなんて、言う必要ある?

―――

 出会ったのは、まぁ他の子もそうだろうけど、偶然だった。
あの時は確か平日の昼間。
杏は公園をてこてこと歩いていた。
ベンチに腰掛けてお茶を飲んでるスーツの男がいて、
若いのにリストラ? それとも単にサボり? とか思ったのを覚えてる。

 で、その前を通過して向かいのコンビニにでも行こうと思ってたら。
……あー、そうだそうだ。警察が居たんだ。
青い制服の、杏よりも二周りは大きなおまわりさん。

 もっと私が活発で近所に認知されてればともかく、
滅多にでないからまぁ顔も知られてないし。
当然小学生かなんかと思われてその警察に声をかけられた。

『こんな所でなにやってるの?』

 確かそんな感じ。「あーめんどくさっ」って思って、
ベンチの方からの視線を感じながら
「……べつにぶらぶらしてただけだけど?
 これでも十七歳だから、補導とかいらないからね」
ってぶっきらぼうに答えたんだ。保険証かなんかを取り出して。
 
 んで。

『え゛っ!?』

 って声が、警察官とは別に聞こえてきた。
言ったのは、予想通りベンチの男で。
……いやまぁ、それがプロデューサーだったんだけど。
ベンチの男ってややこしいな。うん。

 とにかく話を聞いてたプロデューサーが、
お茶を噴き出して目を丸くしてこっちを見てて。
目が合って、「変な顔」とか思って。

 そんで、そんで……。色々あった。
名刺渡されて「あぁ、リストラでもサボりでもなかったんだ」って言って、

『君には才能がある』
『杏に才能なんてないよ』

 それから何度も見るようになる、困った様な笑みをされて。
なんとなく、アイドルになってた。当然、憧れてた訳じゃない。

『君を必ず輝くステージにつれていく』
『絶対無理だよ』

 やる理由も特に無かった。
目立つのも注目されるのも、もう嫌って程経験したし。

『俺を、信じて欲しい』

 ……でも、なんでかアイドルやってる。不思議。
 
―――

「んがっ……んぅ?」
「おっ、起きたか」

 目が覚めた。古い夢を見てた所為か時間の間隔が迷子になっている。
窓に目をやると明るくて、でも空は黒い。
対向車がすれ違う度にヘッドライトの光で車内が照らされる。
ネオンが寝起きの目に眩しくて二度三度瞬いた。
うん、有体に言って夜だった。

「え~っと……」
「寝ぼけてるのか? 砧スタジオの帰りだ」

 上体を起こして周りを確認する。
社用車のキャラバン、二列ある後部座席の前の方。
足元には色々なアイドルの私物が転がっている。

 ぬいぐるみとか、時期に合わないふわふわの膝掛け。
手鏡とか制汗スプレーとかは持ち歩けって話。

「楽屋に戻ってすぐ寝ちゃったんだよお前」

 ぼうっと足元の物を見ている杏にプロデューサーは心配気に言葉を続ける。
そして言われて、だんだん思い出してきた。
……そっかプロデューサーが運んでくれたのか。

 助手席と運転席の間から顔をだす、時計は午後八時を過ぎた頃。
収録がおしにおして楽屋に戻ったのが七時ちょい過ぎ。

「危ないぞ」
「こんくらい平気だって」

 顔を出してたスペースから身を乗り出して後部座席から助手席に移動する。
ミラーに引っかかったポプリの匂いが強くなる。これは誰が持ち込んだんだったか。
軽口を叩きながらもまだ身体が目覚めてないのか手足に微妙に力が入らず、
いまブレーキかけられたらエアコンとかオーディオのスペースに
思い切りヘッドパッドを入れてしまうかも。

「よいしょっと」

 なんとか事無く助手席に収まり、改めて窓の外を見ると
まだ車は環八を走ってる最中だった。砧スタジオから環八なんて
正直十分もかからない。でも時計は楽屋で杏が寝てから一時間弱経っている。
つまり、そういう事だ。杏はまたプロデューサーに迷惑をかけたらしい。
……いや、迷惑をかけたのは共演者スタッフの人たちにで、
その所為でプロデューサーにも迷惑かけて。酷い奴だな、杏は。

「……飴ある?」
「ボードに入ってる」
「ん」

 下がったテンションでプロデューサーに聞く。
気遣う様な語調が少し嫌で、適当に返して飴を取り出す。
コンビニ袋に入っているから多分いまさっき買ったんだろう。
杏の為に、わざわざ。ありがたくて、申し訳ない。
口には決してださないけれど。

「……悪いな」

 ころころと飴を口の中で転がしていると不意にそんなことを言われた。
なんで謝られたのかわからなかった。
本来謝らなくちゃいけないのは杏なのに。

「え、なにが? 悪いのは杏だよ? ごめんなさい」

 慌てて言う。まだ大きな飴が喉に向かって危うく飲み込みかける。
こんなサイズの飲み込んだらトイレットペーパーまるまる流したトイレより
詰まること間違いなしだ。


「いや違う。仕事量の調整ミスだ。
 俺のスケジューリングがよくなかった」

 杏が謎の危機を口の中で起こしてるとは知らずに
プロデューサーは僅かに頭を下げる。けれど、そんなことはない。

 他の娘達はもっと多くの仕事をこなしてる。
いけないのは、スタミナのない杏だ。
そう言いたかったけど、言えなかった。

「ねぇ、プロデューサー。杏のこと、心配?」

 代わりに口をでたのは、そんな言葉だった。

「……まぁ心配してるか否かで言ったら、そりゃしてるよ」
「そうじゃなくてさ」
「言いたいことはわかる。けど仕方ないさ。
 初めて見たときは小学生だと思ったし、
 十七って聞いた直後は成長障害かなんかかと思ったしな」

 正面を向いたままの台詞に「だよね」と乾いた返事を返す。
わかってる。わかってるけど。
それでも杏は心配じゃなくて信頼されたい。
大丈夫か? って問われるより、大丈夫だろ? って任されたい。
疲れてないか? って顔を覗かれるより、お疲れ! って笑って言われたい。

 でも、それが難しいのは誰よりも自分がわかっている。
黙って窓を開け外を眺め始る。
安全運転の車。窓から入る温い風に髪がたなびく。

「アイドル活動楽しいか?」

髪が顔にかかって、顔を顰める杏に、
今度はプロデューサーから話しかけてくる。
車は環八を折れて、甲州街道を走ってる。
事務所に寄らず寮に向かっているようだ。

「まぁまぁ。それなりに、楽しい……かな。……ただ」
「ただ?」
「もっと普通の体格になりたいって時々思う」
「……」

 その言葉にプロデューサーは少し黙って。
それから私の方を見た。運転中だ。信号待ちでもない。
危険危険。前方不注意前方不注意。
言おうと思ったけど目が合って、言葉が出ない。

「綺麗な目だ」
「はぁっ!?」

 なにを言うのかと思ったらなんだそれは。
ごくんと喉がなる。さっきより幾分小さくなった飴が、
無理やり喉を通って落ちていった。

「出会った頃は浄水器のない水槽にザリガニ入れて三日目。
 みたいな濁った目をしてたからなお前」
「うわっ、きったな。あとくさそう」
「あ、通じるんだ」

 意外そうにされた。
そりゃあ、杏だって小学生中学生の頃があったさ。
外で同級生と遊んでた時期が。確かにあったんだ。
周りと身体的な差がそれほどまだなくて、溶け込んでいられた時期が。

 当時の自分は数年後に腐った引きこもりニートになるとも、
こうしてアイドルやるとも、欠片も想像できなかった。

「そんなに酷かった?」
「あぁ、無気力で全部に興味が無くて」

 小さく呟くように、でもオブラートに包まない言葉。

「……死ぬまでの暇つぶしに生きてるみたいな目?」
「それだ」

 普段から人間ウォッチングみたいな仕事をしてる所為か見る目ばっちりだ。
いや、そんな奴をスカウトしてるんだから見る目無いのか? どっちだ?

「今のお前は立派にアイドルやってる。
 昔のお前とは違う、綺麗な目でちゃんとな」
「立派に……」

 できてるんだろうか、立派にアイドル。
立派な、アイドル。

「できてるさ。だから、悩むことなんてない。
 お前はお前らしく、お前の魅力を武器にアイドルすればいいんだ。
 身体とか体力とかは関係ないよ」

 そうプロデューサーは力強く断言した。
それは少しこそばゆくて、でもとても嬉しい、
ずっと欲しかった言葉だった。

「……そっか」

 どうやら心配と信頼は同居できるらしい。

―――

 案の定到着したのは寮で杏は車からおろされる。
小さなエンジン音が人通りの少ない道に響いてる。

「プロデューサーはもう上がり?」

 電気がついてたり、消えてたり。
寮の部屋を門前からぼうっと眺めながら聞いてみる。

「いや、事務所に戻って残業だ。
 ちひろさんも残ってるし、一人じゃ朝までかかる」
「大変だねぇ」
「いやまったくな、人使いが荒いよ」

 両手を広げて軽くおどけてから
「じゃあおやすみ」と手を振り行こうとするプロデューサーに。

「ねぇプロデューサー」

 杏はいつもの台詞をはく。

「長い休みが欲しい。具体的には一ヶ月くらい」

 当初はやめたいとかもよく言ってたけど、
いまは「アイドル辞めたい」が口癖の後輩が居るので専らこれだ。
 
「あー、そりゃ無理だな」

 そしてプロデューサーはいつも通りに
困った様に笑って杏の発言を却下する。

「ちぇー」

 とか言って見るけれど本当に休みたい訳じゃない。
杏はこうして確認してたんだ。
無理だって言われる事で必要とされてる気がするから。

 けど、今日から少しずつ減らしていこう。多分ゼロにはならないけど。
杏がアイドルやってるのは、この困った様な笑顔が好きだからなんだ。

「じゃあ改めて、おやすみ杏」
「ん、おやすみプロデューサー」

 ――ずっと探してた杏の居場所はここにある。


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