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唯「零崎を始めます」


 私にはこれといって得意なことや自慢できることが無い。
妹は確かに自慢ではあるが、そかしそれは少し意味合いが違うと思う。
気楽さを求めて入った軽音部も、そこそこ楽しくそれなりできるようになってきたが、
しかしそれだって人並み外れて人並み以上という訳じゃない。
私には私という個を形成する確固たる性質が足りないのでないだろうか?
目立つことなく、潜むことなく、中心には居ず、かといって傍観者でもない。
私は私という中途半端な位置合いが大嫌いだった。

 律の積極さや求心力や、澪の可愛さや意志の強さや、紬の包容力や穏やかさに、
代わる私だけの特性、特徴、性格、性質。いくら鏡の前で自問自答したところで、
結果なんてのはいつも同じ、わからない、見つからない、知らない、知れない。
切ないとか哀しいとか虚無感とか虚脱感とか、
ふとした拍子に泣きたくなるこの私の全身を覆う圧倒的な不快感。

 なにかが違う、なにかがおかしい、
肌に合わない、違和感、ズレ、認識の違い、感覚の違い。
なにもない、空の下で3D眼鏡を掛けているような、
絶対で絶大な不協和音を常に感じ続けて、
それでも私は周りに合わせて笑顔を絶やさず、輪に加わって。

 ストレスが無いといったら嘘になる。
不満も不快も不安も不信も不当も不備も不利も全部が全部限界で、
私は壊れてしまったのだろう。
不干渉、不感症。
おかしいと感じ、おかしいと思い、だけどおかしいままに続けてきた所為で、
負荷が限界を超えてギミックがまるでトリックのように砕けた。
そしてその先にあったのは非日常、異常へのクリック。

「…澪ちゃん」

 だけど、だけど、だけどだけどだけどだけど。
私は、環境に、状況に、不満は抱いていたけど。
私は、感覚に、感情に、不信を抱いていたけど。

「りっちゃん、むぎちゃん」

 それでもみんなは好きだったはずなのに。

 素の自分で接してはこなかった、
確かに演技してた自分が居た。
けれど一緒に居ると少しだけでもこの現実を忘れられた、
みんなで仲良くしてると私も幸せなんだと錯覚を得られた。

「ごめん…、ごめんねみんな…」

 ここに在らせられるのは死黙り。
清流の如く溢れる鮮明な血溜り。
私を取り巻く、さまざまなしがらみ。
その根源、原因たる友人が、生気のない、
あるはずのない光を失った瞳を宙にさまよわせている。

「ごめん…、ごめん…、ごめん…」

 哀しかった。
死んでしまった事実がじゃない。
殺してしまった真実でもなく。
大してショックを受けていない自分。
哀しい、私が彼女たちの屍を前にして悲しくないと思ってることが、また悲しい。


 それでも涙の一つも流れやしない。
謝罪の言葉を入れながらも口角はあがるばかりで。
なんだろう? 立て続けに最悪な事態が起きて笑うしかない?
違う。
なんだろう? 状況がどんな形であれ打破されたのが嬉しい?
違う。

 安堵、絶大なる安堵。
安心、安定、安息、安楽、安穏、安静、安全。
私は咄嗟に彼女たち三人の尊き命を奪った自らの右手、
そこに握られた安物の刺身包丁を掲げる、
まるでそれが私の聖典であるかのように。

「ごめんね、りっちゃん、みおちゃん、むぎちゃん。私は全然悲しくないよ
 ごめんね、りっちゃん、みおちゃん、むぎちゃん。私は全力で殺しちゃったよ
 ありがとう、りっちゃん、みおちゃん、むぎちゃん。おかげで私は全快したよ」

 ここが私の居場所だ。
吹っ切れたその瞬間に私は自分を手に入れた。

 私の、私が、私は、私と、私に、私へ、私を、私も、
私だけの私。
似てると言われ比較されたり、誰かの個性に埋没したり、
そんなことはもうない。

「…あなたはどちらの零崎さんで?」

 不意に、後ろから声を掛けられた。
同年代の、女の子の声だということしかわからず、
記憶に無い声と、現在の私の状況を考えて振り向きざまに
握っていた包丁で襲い掛かっていた。

 敵じゃない。
襲い掛かり、包丁を胸元に構え、
突きの体勢で走り始め三歩目で私は自分にブレーキを掛けてつんのめる。
迎撃をせんと意味のわからない、あえて形容するなら鋏のような凶器を構える少女に、
私はこの心のざわめきを抑えつつ、包丁をおろし聞く。

「あなたは誰?」
「零崎…、舞織と言います」

 あぁ。と納得しかけた。
名乗られただけで、納得する要因やなにもが無いというのに。
零崎舞織。その名前を聞いただけで、ほっとした。よかった、と。
まるで親とはぐれた子供が泣き出す前に自力で親を見つけられた、そんな感覚。

「…あー、はいはい。あれですね、双識さんが私を見つけてくれたのと同じ感じですね」

 口で鋏を咥えながら器用に喋る女の子。
つい、私はその状態を見て構える、と表記したけど。
彼女は両腕の手首から先が無く、
しかしそれを隠す様子も無く半そでの可愛らしいシャツを着ている。

「えっとー、あなたのお名前は? 私は名乗ったんですから、ね」
「平沢唯です、…よろしく零崎さん」
「ん~、なんか違うんですよね~。えっと、普通に舞織ちゃんと呼んでください、もしくはお姉ちゃんでも可」
「わかりましたお姉ちゃん」
「…まさか本当にすぐお姉ちゃんと呼ぶとは思いませんでした。
 双識さんに言われた時は私、ぶっちゃけ変態野郎に対する警戒心しかなかったですよん?」
「はぁ…」

 異質、異端、異常、異形。
同じ人の姿をしてるのに、
可愛らしい外見をしたその目の前の少女が酷く歪で捩れて見えて。
そして私と同じだと理解した。
違和感、不協和音、その他感じていた認識のズレの発端足る理由。
私が異質で異端で異常で異形で、その癖普通の人間のみんなに混ざっていた、
それが理由だったのだ。

 ならばおかしいのは環境でも状況でも状態でもない。
私がおかしく、狂っていたのだ。

「零崎ってなんなんですか? あまり聞かないお名前ですけど」
「…んぅ~、サークルみたい感じですかね?」
「サークル。…部活みたいな感じですか?」
「まぁ、似た感じです。夜間学校の年齢関係なしにやたら仲のいい部活のような?」
「なるほどなるほど。で、その零崎さんは如何様な活動を?」
「人殺し、かな? 殺人鬼の集まりですよ」
「なるほどなるほど」
「で、あなたもその一員です」
「…それはなるほどできません」


 少しだけ、足を後ろに下げて距離をとる。
包丁を握る手に微かに力が入り、無意識に零崎舞織さんとやらの
口に咥えた狂気を孕んだ凶器の射程距離外かつ、
私の持つ包丁がぎりぎり届く微妙な距離を保つように身体が動く。

「…うぅん、やっぱりそうなりますよねぇ」

 きっちり見抜かれている。
同一故に融通が利かない。
私は警戒を強め、しかし強いシンパシーを感じずには居られない。

「人識君が居てくれれば楽なのにな…、
 私ってば実は双識さんと人識君以外の零崎さんと面識ほぼないかもです…」

 困ったように肩を竦めて嘆く舞織さんに、
こちらも困惑するばかりで。
後ろに下がった所為で右足のかかとが血溜まりに触れ、
無意味に私の焦りを助長する。

「あっ!? ちょ、ちょっと!?」

 驚いたような、というか思いっきり驚いてる舞織さんの声を背中に、
私は元友人の現肉塊を踏み台に塀を越えて逃走することにした。
敵なら当然逃げてしかるべし、
敵じゃないなら追いかけられていきなり背中をぶっさりされることもないだろう。
そう判断して時間稼ぎをかねて私は逃走を選択したのだ。

 包丁は、包丁本体で掘った穴に捨てた。
血塗れた制服の上着も、
ポケットに個人が特定できるものが入ってないのを確認して同じ穴に埋めた。
ワイシャツと、黒いミニスカート。
薄着も薄着、軽装も軽装。
そんな格好で私は見慣れ、歩き慣れた道を駆ける。
疾駆、というには鈍足過ぎる私の足、
しかしそれでも走らずには居られない。
同族を見つけた歓喜。狂おしいほどの耽美。賢しいまでの狂気。
全てが私を走らせる。

「お姉ちゃん!? ど、どうしたの!?」

 そんな私をとめることができたのは、たった唯一の自分の自慢。
たった一人の愛すべき妹、憂だった。

 さっき包丁を捨ててよかった。
心からそう思った。
それは他人の血液で滴るまでに濡れた包丁を構える私を、
憂に見られたくないなんていう浅い理由ではなく。
単に包丁を持っていたら、呼ばれた瞬間に愛妹の憂すらも
一秒の逡巡すらなしにその首を撥ねていただろうからだ。

「お、お姉ちゃん部活は? な、なんで上着を着てないの?
 というか、どうしたのその顔…?」

 失態。
服や凶器や舞織さんに気をとられて、
顔にかかった血飛沫を拭う事をすっかり忘却していた。

「あははー、さっき転んじゃって…」
「こ、転んだって…。その血すごいよ!?」

 誤魔化せそうに無い。
けど、だからといって憂は、憂いだけはダメだ。
例え憂か私のどちらかが死ぬというのなら、私は憂を生かして死を選ぶ。

「と、とりあえず家に行こう? 顔を洗って手当てしないと…」

 絶対に転んだ訳じゃないとわかる顔。
それでも憂は私を信じてそう言ってくれる。
乾いた血、膝にも肘にも額にもない傷。
なのに憂は…。

 憂は優しい子だ。
隣に人が居れば優しくあれる、憂いという字。
そんな名前に込められた想いに答えるように、優しい純粋な子だ。
いまだって、傷一つ無い私の頬を何も言わずに濡らしたハンカチで拭っている。

「お姉ちゃん大丈夫?」
「うん、全然平気だよ」
「よかった」

 笑顔で、屈託の無いその笑顔で。
私を見つめる憂。
そこに疑い、疑念、疑心、疑惑、そんなものはなく。
私が無傷であることを素直に喜ぶ妹の姿しかなく。
だからこそ私は心を痛める。

「…なにがあったの?」
「ん?」
「私、なにがあってもお姉ちゃんの味方だから!」

 できた妹、賢く、強く、芯があり、決して折れず、器量が良く、優しい。
そんな妹が、いまの私の状態からなにも感じれぬはずが無く。
私を思うからこそ、ぐっと血が滲むほどにかみ締めた唇で、
涙ながらに問いかけてくる妹。
…いい妹を持ったものだと、心の奥底、私の中心から思う。

「私はね、憂」
「うん…」


「殺人鬼、なんだって」


「…え?」

 疑惑は無くても困惑はする。
疑心が無くても乱心はある。。
疑念を持たなくても雑念は持つ。
憂は私の言ったことを理解できない様子で、硬直している。
それは理解力が無いのではなく、単に理解の拒否。
硬くなに受け入れようとしない、憂の反抗。
理解してるからこそ、それを認めない、足掻き。

「お姉ちゃんが、殺人鬼?」
「そう、なんだよ」
「だ、誰がそんなこといったの!?
 わ、私がお姉ちゃんのことをそんな風に言った奴を怒るから!
 お姉ちゃんは、凄くて、格好よくて、可愛くて、たまにドジで、おっちょこちょいで…。
 でも私の自慢のお姉ちゃんなんだよ!? そ、そんなこと言うなんて!」

 違う、違うんだよ憂。
そうじゃないんだよ?
べつに学校の子に言われたわけじゃない。
虐めとか、中傷とか、そんな小さな話じゃない。
もっと革新的で確信的で核心的な、話。

 私がそんな物言いを、見ず知らずの人間にされた。
そう思っただけで憂はもういまにも泣きそうに、
涙をその大きな瞳に浮かべて悲しそうにしている。
たった一人の姉妹が、こんなに素敵な妹で私は嬉しい。

「違うよ、憂」
「なにが…?」

 だからこそ。

「私は殺人鬼になったの」
「どういう、こと?」

 だからこそ、私は言わなくてはいけない。
他の誰でもなく、愛しいたった一人の姉妹に、真実を告げる義務が私にはある。

「私はなんの理由もなく、欠片の躊躇いも無く、ミリ単位の同情もなく」

 居なくなる姉の本質を、本性を、本来を、

「殺したんだよ」

 教えて上げなくてはいけない。
それが私の姉としての最後の役割。

「うそだっっっ!」

 憂の、悲痛の叫びに。
私は友人を殺した際も流さなかった涙を、零しそうになった。

「嘘だよお姉ちゃん、そんなわけないよ!」
「嘘じゃないの、憂」
「嫌だよ! なんで、お姉ちゃん! そんな! ひどいよ! …なんで!」
「落ち着いて憂。私はね、やっと居場所を見つけたの」
「私が! 私は居場所にならないの!? そんなの! そんなのってないよ!?」

 私のスカートの裾を掴んで座り込み、
もう留める事のできなくなった大粒の涙をぽろぽろと流す憂。
これでいいのだろうか? 強いと思っていた憂は、私の存在、在り方一つでこんなにも揺らぐ。
そんな妹を置いて、私だけ居場所を見つけていなくなっていいのだろうか?
そう、思ってしまった。

「無理ですよう」
「舞織さん…」
「あれ? お姉ちゃんじゃないんですかー?」
「いや、えっと…」

 舞織さんを見た瞬間に本能的に安堵する。
けれど理性はこの状況が最悪だと判断する。
この状態の憂と、私と同類で先輩らしき舞織お姉さん。
不義理の姉と血縁の妹。この二人を決して近寄らせてはいけないと、
脳のどこかが勧告を鳴らす。

 憂を殺されてはいけない。
かと言って舞織お姉さんを払いのけ、押し返し、
ましてや敵対関係になるのは不味い。

「あなたは?」
「零崎舞織です、よろしく憂ちゃん。一部始終を見させてもらいましたけど、
 ずいぶん姉妹愛の強いんですね、感動的ですよ」

 一見普通の会話。
ながらも探るような、いぶかしむ目を隠さずに向ける憂と、
挑発するような、小馬鹿にするようなイントネーションをつける舞織さん。

 にこにこと、あるいはへらへらと、
道端で友人を偶然見かけたかのような足取りでこちらに向かってくる舞織さん。

「えっと…唯ちゃん?」
「なんですか?」
「あの三人がお初?」
「…えぇ、まぁ」

 なるほどなるほどと頷いてみせる舞織さん。
なんだろう、少し馬鹿にされた気分だった。
しばらく悩んだように頭をくるくると廻しながら呻いて、
ようやっと不思議そうに口を開く。

「そっか、そっか…。う~ん、でもあっさり無意識でお友達をキルった上に
 咄嗟に私も刈ろうとして、なにより感覚を頼りにそれを抑えたっていうね…。
 んで、そこの憂ちゃんは殺そうとしてないしさ」
「…あなたですか?」

 私のスカートの裾を握って、
懇願するように泣きじゃくっていた憂は、やはり聡明で。
いつの間に立ち上がっていたのか、
私と近づいてくる舞織さんの間に立ち塞がるかのように両手を広げる。

「あなたがお姉ちゃんに変なことを吹き込んだんですか?」

 止めなさい、憂。
舞織さんに、話しかけ、あまつさえ怒りをぶつける様な真似はしてはいけない。

「憂ちゃん、あなたお姉ちゃんが好きなのはいいですけど、
 そんな盲目的に信じていたら、それは愛じゃなくて信仰だと思いますよ?」
「うるさいっ! あんたになにがわかる、私にはお姉ちゃんが居ればいいの!
 私のお姉ちゃんを変えないでよ! お姉ちゃんは人殺しじゃない!」

 止めて、お願いだから舞織さん。
憂に、怒鳴られ、あまつさえ諭しにも耳を傾けなくても、

「憂ちゃん。…あなた、……うっぜぇな…」

 殺さないで、ください。

―――

 諦観傍観楽観静観。
短いスカートがめくれるのにも構わず、
長い足を振り上げホルダーに収まる鋏を落とし、咥える舞織さん。
その姿を見て、あぁ、もうだめだ。
ごめんね憂、守ってあげられなくて。
なんて走馬灯の如く諸々を想起し始めながら、

「…やめです。あの後双識さんがどうなったかを考えると、
 少し自重したほうが私の命に安全っぽいです」

 瞳の前数センチに迫った私の爪にたじろぐことなく、
白けたと言わんばかりに肩を竦める舞織さん。

「まったく、なんか状況が似通ってやーですねぇ。
 私を見つけてくれた双識さんの気持ちがややわかった感じですよ、
 ま、そのとき私は目玉じゃなくて腕に爪を立てるだけの可愛い女の子でしたけど」

「お、ねい、…ちゃん?」

 突き出した人差し指と中指を引っ込めて、
守っていたはずの姉が飛び出し目前の女に
目潰しを食らわそうとしたところを直視した妹。

「…ま、こういうことですよ憂ちゃん。
 ちょっと危うかったけど、論より証拠、わかりやすくていいんじゃないですか?」
「ごめんね憂。お姉ちゃんはもうダメみたい。
 いまのだって、無意識で咄嗟に憂を殺されないために殺そうとしちゃった」
「同じ血を体内に流す妹を生かす為に、
 同じように他人の血をぶちまける姉を殺そうとしますか。
 最初はそんなもんですよ、うん。
 それに唯ちゃんが私の妹なら、その妹の憂ちゃんも私の妹みたいなもんですしね」

 義理の義理ではあるけれど、そうなるのだろうか?
けれど例えそうなるとしても、憂がそれを受け入れることなどありそうにないが。

「そういうことで」

 両手があれば拍手でも打っていただろう舞織さん、
私の肩をぐいとひっぱり無理やりに組んで。

「あなたのお姉ちゃんはですね、
 基本的に殺人鬼です。
 根本的に殺戮者です。
 抜本的に殺人狂です。
 根幹的に殺掠兵です。
 殺すのがニュートラル、殺すのがデフォルト。
 自我を持って他意を歪め、
 児戯の如く生命を刻む。
 あなたのお姉ちゃんは、悪いけど私が連れ去らせていただきます」

 先制する様に、宣誓する様に、
牽制する様に、宣言する様に、
私よりも少し低い背で、可愛らしい女の子であるところの舞織さんは、
顔を歪に歪ませて、憂を黙らせる。

「い、…やだよ」

 敵意と害意に塗れた悪意の殺意を受けて尚、
私の妹は私の為に声を絞り出す。
泣きながら、でも必死に食い下がるその様は、
無様で、滑稽で、惨めで、情けなくて、
でも、それでも、私の目には酷く高尚に、偉く高潔に、辛く崇高に、
女々しいまでの雄々しさを感じずには居られなかった。

「お姉ちゃんが、居なくなったら。
 私は生きてられないよ…、
 お姉ちゃんが居ないなら、生きていてもしょうがないよ」
「でも、私が居ても。
 もしかしたら憂を殺しちゃうかも知れないんだよ?」

 肩を組まれ、腕を首に廻されて、
つまるところ動きを制限され、拘束されながらも私は一歩進む。
息が少し苦しくなるが、それでも憂に近づいてみる。
家族愛、違う。姉妹愛、違う。
これはそれらとはかけ離れた、愛。
性別的にも、近親的にも、良とされず可とされない、愛。

「お姉ちゃんが居ない生活を長々と送るくらいなら、
 私はお姉ちゃんと暮らしてお姉ちゃんの手で死にたい」

 涙をぼろぼろ流し、膝は向けられる恐怖に震え。
両の拳は指先が白くなるほどに握られ、噛み締めた唇からは血が滲む。

「…ごめんなさい」

「ふぇ?」
「ぐえっ…。ちょ、ちょっと舞織さん。タップタップ」
「あ、ごめんです」

 首を絞めていた腕を解いてもらい、
舞織さんに正面から向き直り、再度頭を軽く下げて謝る。

「ごめんなさい」

 と、謝罪。

「…どういう意味ですかね? ちょっち理解できないんですが」
「舞織さんが、私と同類で同属で同種だというのはわかりました。
 多分舞織さんについていけば、もっと同じのがあるんでしょう。
 それも、興味ありますし、楽しそうです、
 でも私は憂を置いていくことはできそうにありません


 ですから、私は連いていきません」




「えー、参ったな…」

 後頭部をとんとんと手首で叩きながら、
私がとった行動、選択に対してではなく、
そんな選択肢が存在していることそのものに戸惑ったように
ぶつぶつとアスファルトに向かって言葉を落としていた。

「まー、ねー、私は零崎になってからは家族に会えなかったからわからないけどね。
 確かにあん時に変なのに絡まれて家族皆殺しにされてなかったら
 そういう選択もあったのかなーって思わないでもないですけど…」

 ドンと、後ろから衝撃。
何をしやがるこいつ貴様私の命を狙う刺客か、とは欠片も思わなかったけど
少しびっくりして、慌ててみてみれば。
予想通り憂がへばりついて、声にならない泣き声を漏らしていた。

「どれだけ続くかは知りませんが、
 まぁそれまで自分を殺して家族ごっこもいいんじゃないですか?
 殺人鬼がなによりも自分を殺すというのもあれですよねー」
「…舞織さん家族いないんですか?」
「同属である私が家族なんてものを所持してるとでも思いましたか?
 家賊はいますけど家族はいませんよわたくしめは」
「…他の人たちは?」
「それは他の零崎の方々という意味ならば、それは同様です。
 零崎以外に血縁としての家族を持つ人間など皆無で絶無ですよ」
「なら私は激レアですか」
「そういう意味なら敢えて貴方を凡庸にする必要はないかもですねー、
 思索的実験って奴ですか? あれ、試作的実験でしたっけ?」

 私に聞かないでくださいと言った感じだったけれど、
まぁこのまま進むのならば悪くない方向なのは感じられた。
舞織さんはどうやら、現状維持を認めてくれそうな雰囲気である。
憂のサバ折り攻撃(正確にはサバ折りは内臓を痛めつける技ではないが)に耐えつつ
黙って彼女がだす結論を待つ。


   ―――

 チャイムの音がする。
私はそれを受けて椅子代わりに座っていた机から降りて玄関に向かう。

「あ、お姉ちゃん私がでるよー?」
「ううん、いいから早くご飯作っててー」
「はーい」

 軽い会話をこなしてすぐそこの扉を開けば、
やっぱりというかお約束というか、
可愛らしい同年代の女の子が立っていた。
ちゃっちいサングラスをカチューシャのようにして、
Tシャツに赤いジャケットを羽織った目立つ格好をした舞織さん。

「やっほー」
「どうも」
「で? どうですかい?」
「いや、一応まだお互い生きてますよ」
「そっかそっか、やっぱり有織ちゃんは特別なんですねー、殺さない殺人鬼なんてさ」
「…私はその名前受け入れてませんよ」

 友達の家に遊びに来た高校生と、それを迎える高校生の様な風景。
実際には肩書きは高校生ではなく殺人鬼、関係は友達ではなく家賊、だけれど。

 私はとりあえず舞織さんを家に上げて扉を閉じて、
客人用のスリッパをだす。

「しっかしあれですねー、三ヶ月でずいぶんと様変わりしましたねこの家も」
「そりゃあ、生活してますからね」
「とりあえず、これ」
「すいませんねー」
「べつにいいんですよう、また一週間ここでぐでぐでさせてもらいます、よっ」
「いたっ、義手が付いたからって一々叩くのやめてくださいよ」

 あれから、近所で同級生三人を殺戮してしまった私は、
憂と一緒に駆け落ちよろしく両親にも黙って遠くに引っ越して暮らしている。
金銭的には私と憂がバイトしつつ、
舞織さんがどこからか調達したお金を茶封筒で渡してくる。
そしてその代わりにお金を受け取ってから一週間、
食う寝るのだらけた暮らしをここで観察という名目でしていくのだ。

「どうもー憂ちゃん」
「どうも零崎さん」
「だからですねー、名前か有織ちゃんを呼ぶようにお姉ちゃんと呼んでといってるですのに」
「却下です、一も二もなく却下です。有無を言わさず却下です」
「ま、いいんですけどー」

 さっきまで私が座ってたところに座り
テレビを見始める舞織さんにため息をついて私も新しく座布団をだし座る。

「憂ちゃん、ご飯まだですか?」
「貴方の分はありません」
「そういっていつもだしてくれるんですよねー憂ちゃんは、
 ツンデレはもうそろそろ衰退してますよ?」
「違います!」

 なんだかんだいって二人は仲がいい。
こうやって喧嘩して、そうしてそれを眺めてる私を含めて。
三姉妹のようにも思えるときがある。
少なくても、私には舞織さんは姉だし、憂は紛れも無い妹で。

「はい」
「おー、シチュー。なるほどご飯はださないというのはこういうことですか」
「ち が い ま す !」

 エプロンをしたまま机につく憂と、
もう勝手に食べ始めている舞織さんと、苦笑いを浮かべて眺めてる私。

 …あれから、私は人を一度も殺してない。
じゃなければ、まぁバイトなんてできるはずが無い。
きっと、りっちゃんみおちゃんむぎちゃんを殺してしまったのは、
耐えかねて絶えかけて、自分の確認行為で。
自分の居場所をはっきり認識して、いまの私は不安も不信も解消されたから。
殺さないでいられるのだろうと、思う。

「食パンとってー」
「はいお姉ちゃん」
「こっちのお姉ちゃんにもください」
「やです」
「はい、どうぞお姉ちゃん」
「有織ちゃんは優しいですねー」
「その名前で呼ぶなら上げません」
「唯ちゃんは可愛くて優しくて自慢の妹ですですねー」
「どうぞお姉ちゃん」
「ありがとうございます」

 でも、普通ではいられないことも知っている。
私の選択肢にはいつでも殺すという選択が否応無く現れる。
殺す人間は、一人も殺して無くても殺す。
普通の人間には無い、人を殺したことがあるからこその感覚が私には埋まってる。

 べつにいい。
構わない、と思う。
思わないけど、思い込む。
自己満足で、自己欺瞞の、自己暗示。
お父さんに、お母さんに、一回だけでもあってごめんなさいと謝りたいけど。
いまはそれもできません。

 りっちゃんに、謝りたい。
 みおちゃんに、謝りたい。
 むぎちゃんに、謝りたい。
許さなくていい、思うように糾弾してください。
ただ、それでも私は私なりに、
人を殺さない、殺人鬼として、
人を殺さない、殺戮者として、
人を殺さない、殺人狂として、
人を殺さない、殺掠兵として、
いまの生活を、少しでも長く楽しみたいんです。

「お姉ちゃんどうしたの?」
「どうもしてませんよ?」
「あなたじゃありません」
「酷いですねー憂ちゃんは」
「お姉ちゃんどうしたの?」
「…ううん。ただ」
「ただ?」

 ただ、卑怯で卑屈で卑小な幸せだなと思いまして。

 さぁみなさん、こうして私は人を殺さない殺人鬼
殺さずに居られないのに殺さない、絶食主義の殺人鬼と相成りました。
愚鈍で愚昧で愚図な私に科せられた十字架はあまりに重く、鎖は余りに太く、
他人の命を軽んじた私は、辛うじて生きるに留めています。
しかしそれを甘んじて受けましょう。これは素敵な妄言で、虚言に過ぎません。
零崎なんて無く、有織なんて存在しない、きっとこれはフィクションです。
欠片も意味を成さないメビウスの輪の如き人生を、私は舞台の上で演じます。
私は、私という人間の幕が閉じるまで、
殺戮という概念の意味という意味を全て、殺戮しきって見せます。
どうか彼方の友人に最後の矜持を見せられるよう、祈りを。
さようなら。また会う日まで。


それでは。

「零崎を始めます」
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