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小説の王道、ベタと呼ばれるものについて


 ありがちで、過去に使い古された手法のことを
 昨今では”ベタ”と呼称しているのは流石に誰でも知っていることでしょう
 型に嵌った、テンプレートな、ステレオタイプな、そんな流れ。
 少年漫画の『勝利』『友情』『努力』の三原則のような
 いくつも似たような話が存在するために
 同じような前振りがきただけで先が読めるような展開をベタと呼びます

 漫画の、トーンを使わず真っ黒に塗ってある箇所
 あれもベタといいますが、確か由来はその辺だった気がします
 一面を塗りつぶすとかなんとか、外れようが無い、みたいな

 そして同義語としてあるのが王道。
 この辺はちゃっかり調べてみたんですが、その違いの見解に以下のようなものがありました

 『王道=期待を裏切らない. ベタ=予想を裏切らない』
 『 「やっぱりこうなったか」と思われたら負け「やっぱりこうでなくちゃ」と思わせたら勝ち』

 確かにストーリーの流れを見て、ベタと口にするときは侮蔑的
 というとやや強烈ではあるけれど、やはりマイナスイメージ
 ぶっちゃけ「あーぁ」みたいな感覚が根幹にあることは否めない

 大して「王道」というと、なにやらテンプレートな展開でも
 ぐっと燃えるなにかに押されて口にする気配が見え隠れ。
 
 じゃあどうして違いがでるのかって言ったら
 やっぱり面白さとか、流れ、引きの上手さとか技術に問題が行く気がする
 展開事態は同じでも書く人間が変わると
 「あー、はいはい、展開読めたわ。もういいや」と言われたり
 「ktkrwwwwktkwww」 となったりするわけで
 共同お題、とかだとその辺が顕著だったりする訳ですな
 まったく同一のお題で話を書くというのはそこから如何に話を広げて、
 人を引き込ませて、そして綺麗に収束させるかという手腕が試されるので
 非常に怖い存在。マジ怖い。

 つまりパターン化、機械のようになぞっただけの
 オリジナリティを混ぜ込めてないテンプレートがベタ
 
 典型的な話の構成ながらも、キャラの性格を一味変えたり、
 ほんの少しだけ手を加えてみたり。それらが上手く嵌ったのが王道と思ってます
 個人的見解かつ、いまいち要領の得ないその場書下ろしの主張だけれど
 そんな感じで

 結局は面白いか面白くないか
 大人数に、万人に面白いと思わせられれば王道と認められる
 ノリと勢いと気合と根性です、ぶっちゃけ
 文章力なんて、あればあっただけ逆に苦労する気がします
 最低限、日本語として体が整ってればいいんだと思う
 
 で、長々となにがいいたいのかと問われると
 非常に眠くて瞼が半開きということです
 もしかしたらあとで加筆修正というか更訂するかも
 書きながらですます口調だったりノーマルな口語だったり無茶苦茶だし
 ま、どうでもいいんですけど
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