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知は力


 知は力という言葉は結構誰でも知ってるメジャーな物だと思います。
実際知力というのはどんな場面でも求められます、
種類や方向性は違えど知識というのは基本あって困るものではありません。
けれどそれがイコールで“賢い”という訳でもまたありません。
知識が膨大なだけではただの頭でっかちになりがちですし、
当然ながら知識や経験というものは過去の事象から得た物ですので
そこにしがみ付いていては失敗の確立は減らせはするもののそれ以上は見込めません。

 発想力、柔軟性、探究心、想像力、独創性、好奇心。
そういったものはいつの時代も知識が少なく先入観の持たない子供の方が持っています。
問題なのは知識ではなく知恵だということです、
物事を一辺倒に知識に偏った思考で見据えるのではなく
時に自分を、時に事象を傾けて様々な方向から見るべきなんだと思います。

 と言いはしますが、
実の所、私は人間のより新しく、より高みへという
そういった感性というか感情というか、感覚が理解できないというか
基本あまりそういった何でも今以上を求める流れを嫌悪する立ち位置に居ます。
知は力と言っても、無知の知という言葉もありますし。
知らぬが仏という言葉も存在します。

 正直顔ダニの存在なんて死ぬまで知りたくなかったし、
トイレットペーパーを引き出すときにどれほどの塵が舞うのかとか
浴槽にどれだけの雑菌が存在してるのかとか、本当に知りたくなかったです。
知ったところで対処する術も無く、しかしその行為を停止する事もできないのなら
最初から知る必要なんてないでしょう。
だって知らずに問題がなかったことなんですから、
知ったところでなにも変わりません。

 確かにそれを発見した人は賞賛を受けるべきでしょう。
所謂第一発見者なのですから、それはまぁ凄いことですし、
見つけた以上は誰かに知らせて自分の凄さを誇示したいというのも理解できます。
けれどそこで終わりじゃありません。
物語なら労力と時間と金と運のどれかをそれなりに使って
大発見をして、そして賞を貰って喜ばしく終わるかもしれませんが、
そこからが実際の問題なわけで、
それを知った性で一々なにかをするたびに不快な気分になりつつ、
しかしそれを感受しなくてはならない私みたいなのがいると思うんですよ。
本当、顔ダニ見つけた人には賞賛の言葉を蹴りにのせて二,三度送りたいと思います。

 まぁそれは個人的なあれと置いておいて。
事実昨今の一般家庭内での菌とか、汚れとか、
その手の事に対しての反応が過敏すぎるというか過剰すぎるというか。
いまの子供達は泥んこになって遊ぶということをしないですよね、
それはゲームの所為もあるかも知れませんが。
食べ物に一生摂取し続けたところで問題にならない程度の微量な薬物反応がでただけで
喧々囂々と騒ぎ立てたり。

 個人的に言わせて貰えば蒟蒻ゼリーは丸侭子供に食わせた親が馬鹿なだけだし
そもそもなぜ蒟蒻ゼリーが販売停止になってお餅はあれだけ毎年死者をだしてるのに
販売停止になったりしないのだろうか。とかも思います。

 なんだか脱線しすぎて訳がわからなくなりましたが。
多分言いたいことは言った気がします。
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