「あの……、私になにか御用でしょうか?」

 目の前の行き止まりを見つめ、
うてこさんを見失ったという事実を目の当たりにした僕の背後。
つまりは全力でこの路地を駆けこの場に辿り着いたばかりの
今年二十一歳になったばかりの男のすぐ後ろに、彼女は立っていた。

 中学生……、いやもしかしたら高校一年位か?
とにかく十代半ばかそれ以下であることは間違いないであろう、
幼い顔立ちの、僕よりも一回り以上小さい少女であるうてこさんが、
息も切らさず長い髪も着ている衣服も乱すことなく。

 “まるで最初からそこに居て、それが自然であるかのように”

 極々普通に僕の後ろに立っていた。

「……っ」

 絶句。
それは僕からしてみると人間が一瞬で消え失せた事よりよほど奇怪で、
僕の正常な判断力を削ぐに十分な事態だった。

 消えたのは、まだ見失ったとか、見落としたとか、見損ねたとか、
現実的な理由が適当に見繕える。

 けれど……なんと表現すればいいか……。
まるでドラゴンボールの後半以降で宇宙規模の実力を持った悟空達より
初期のレッドリボン軍辺りの悟空の方が一般人にビビられていた……みたいな感じ。
“理解できる理解できなさ”“現実的な異常”とでも言えば少しは伝わるか。

 だから正直に言うと。僕はビビっていた。
ビックリしていたんじゃなくてビビっていた、
驚いたんじゃなくて、慄いていた。
急に走って火照った身体が一気に冷えていくのを感じる。

「あ、あの、どうかしましたか?」

 声をかけられて我に返ると、
うてこさんは彼女の十八番を奪うように俯いていた僕の顔を
心配そうな表情で覗き込んでいた。

「いや……。なんでもないよ、ちょっと息切れしただけだから」

 言いながら少し距離をとる。

「そうですか。急な運動は身体によくないですよ」

 彼女は安堵したように息をついてから言う。
それはなんの変哲も無い少女の動作。

「あぁ、気をつけるよありがとう、
 それとさっきの質問だけどうてこさんに別段用事があった訳じゃないんだ。
 追いかけるような真似をして悪かったね、じゃあ」

 見る限りは普通の女の子、それが余計に薄気味悪さを助長して、
服のした、全身に立つ鳥肌を抑えながら僕は捲し立てる様にそう言い捨て
うてこさんに背中を向けてその場を去ろうとした。
          ・・・ ・・・・・  
「うてこさん……? それは、私の事ですか……?」

 その向けた背中に、素朴な疑問を口にする様な響きの言葉が掛けられた。
まるで、自分の知らない所でつけられていたあだ名で初めて呼ばれた子供の様に。

「……そうだけど。昨日だって僕が君の事をそう呼んだときも確かに返事をしたじゃないか」

 その台詞の響きについ振り返り答えると、
――――少女はその言葉尻に被さる様に言葉を口にする。

「昨日?」

 咄嗟にでてしまったのだろう。
先程と同じ響きをした単語。
そしてハッとしてから、慌てたように。

「そ、そういえばそうでしたねっ」

 と、続けた。

「もしかしてさ、うてこさん。君、覚えてない? 昨日のこと」

 確認するように、ぶつ切りにした僕の台詞にうてこさんは。

「……っ」

 下唇を噛んで、深く、俯いた。

――――

 おい、やっと導入編が終わったぞ
 どうなってんだ
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 午前五時、遠い空が少し白み始めたばかり。
深夜の冷たい尖った空気がゆっくりと太陽によって
柔らかい物に変化していく最中の、
涼やかさと暖かさの入り混じった雰囲気。
僕はそんな早朝の人並み少ない街並みをズボンのポケットに
手を突っ込みながら歩いていた。

 当然こんな時間だから開いてる店などコンビニ以外ではほとんどないが、
それでも店じまいをしたからといって看板までもしまう店などなく、
何件かスーパーや日用品を買うのに便利そうな小売店などを探して回っていた。
酔いのほうも、僕が狭い路地で少々古ぼけた雰囲気の
良い店を見つけた頃には随分と醒めた。
これで噂の如何についてもある程度なにか掴めたら言うことはないのだが……。



 手打ちかったるいです><
 うてこさん。
UTEKOSAN、逆から読むとNASOKETUでなそけつ
うてこさんが俯いてテコテコ歩いてる少女であるから
“なそけつ”に俯いてテコテコ歩いてる少女という言葉をつける。
そして最初のよくわからない“なそけつ”
これはノイズだろうので削除する。
そして残った言葉を抽出すると
俯いてテコテコ歩いてる少女となる。
つまり、うてこさんは俯いてテコテコ歩いてる少女という意味だったんだよ。

「そうだな。つか、最初に俺がそう言ったよな」

 そうだった。
そもそもそういう理由でうてこさんと付けられたのだったか、
ならば代わりにどういう言葉を“なそけつ”の後ろに付属させればいいのだろうか。

「いいからお前も動けよ。なんでお前の部屋の整理を俺が行わないといかんのだ」

 うてこさんと謎の邂逅と言って良いのかわからない
ちょっとしたやりとりを果たした翌日。
いまだ手を付けられていないダンボールが積まれた僕の部屋で
僕の友人Aは空っぽの家具に一つ一つダンボールを開きながら
自分の物でもない物品を整理してしまってくれている。
そして僕は外を昨日と同じように窓枠に手をついて眺めている。

「まったく、なにが悲しくて俺がお前の荷物をといて
 片付けてやらないといけねえんだよ?」

 ため息を付きながらも、
けれど手は止めずにダンボールを一つ一つ開いては
あれはこっち、それはどっちと忙しなく動く彼。
なんて使い勝手の良い友人だろう。

 ……そろそろ手伝ってやるか。
どうせこいつの事だから一回手をつけた以上
最後までやり通すのだろうけど、
しかしあまり触られたくない物だってある事にはある。
趣味関係の物とかはできれば自分でレイアウトしたいし。

「しかし、あれだな。
 昨日こっちに来たときに一回、
 その後にそこの窓から一回の合計二回も一日にうてこさんを見れるとは
 ――結構珍しいぜ?」

 衣服を一つ一つハンガーにかけて
クローゼットにしまいながら友人は僕に言う。

 珍しい、ねぇ。
ぶっちゃけあんなのんびりと歩いてる女の子、
その気になれば一日中すぐ後ろを付いて回るくらいできそうだし
そんな少し会いまみえた位で騒ぐほどなのだろうかと思う。
例えば昨日僕が彼女を見送った後、
即座に転身して靴を履いて階段降りて
そのままうてこさんをストーキングすることもできただろうに。

 そしたら一日に何度とか言う問題ですらなくなる。

「いや、それがそうは行かないって話しだぜ?」

 友人は僕の書籍類を本棚に出版社順、さらに作者名順に
詰めながら僕の言葉に反応する。

「実際に悪意あってなのか、それともただの好奇心か、
 うてこさんを追いかけて見た奴は居るんだけどさ。
 曲がり角を曲がる度に一定以上の距離が空いて、
 絶対に見失うって話だぜ? いままで十分以上
 うてこさんを追跡できた奴は居ないんだってよ」

 へー、それはそれは。
僕はその情報自体より、
その情報源の方が万倍気になるよ。
もしかしたら“らしい”とか伝聞の形態を装ってるだけで
友人が追跡した本人かも知れない。
やばいな、こいつと縁切った方が良いのかも知れない。

 僕は小説や漫画と同列に本棚へ並べられかけた
グラビア系の雑誌を奪い取ってダンボールに再度詰めなおしながら
友人に対してそんな感想を持った。

―――

 さらに翌日。
この街に越してから三日目であるその日の朝。
友人の獅子奮迅の働きによって
一日で住居としての体裁を完璧に繕った家から出て、
基本インドア派の僕としては非常に珍しい
目的のない外出を始めたのだ。

 ……嘘である。
目的地は無いが目的はある、
用件は無いが用事はある。

 例えば、新天地たるこの街の地理を
少しでも頭に入れて置こうとか。

 もしくは、昨日あの後片付いた部屋で
友人と飲んだ酒の残滓を風に当たって飛ばそうとか。

 そして、あわよくば――

『本当なんだよ、自転車とかで追いかけても、
 道を間違えようの無い一本道でも、
 必ずうてこさんは姿を眩ましてしまうんだって。

 それに目撃情報とかもたまにでるんだけどさ
 街南部の駅周辺でうてこさんが見られたと思ったら
 その十分後に北部の自転車でも三十分はかかる場所で発見されたりするんだよ』

 ――昨日友人が言っていた
情報の真偽如何を調べてみようか、とか。
733 名前: ◆7SHIicilOU [saga] 投稿日: 2010/03/10(水) 18:39:14.05 ID:0ZxbfFIo

 01.

 夜の蜘蛛は殺せ。
 朝の蜘蛛も殺せ。

 02.

 僕の妹はおかしい、
狂っていると言って過言で無いほどに、おかしい。
親戚の間でも忌避され阻害され、
聞くところによるとクラスの方ででも孤立し孤独らしい。

 学校を歩いていれば一日に一度は妹の話題を耳にする、
今日はなにをしたとかしてないとか
昨日はなにをやらかしたとかどうとか
そんな妹の一挙手一投足の話題が、絶えない。

 けれど僕はそれに対して
なにか策を講じようとか言う助ける気持ちや、
可哀想とかどうとか言う同情の感情を持ちはしない。
持つ意味が、無い。

 迫害される。
多人数が同一の空間で同時に過ごすという行為上、
大なり小なりそれは当然どこかに生じる自然現象だ。
その対象が妹だと言うだけでそこになにか感慨を持つほうがおかしいのだ。

 あって当たり前の事象。
それに対してわざわざ手を出すほど僕は傲慢じゃない。
――いや、そもそもとしてだ。
狂っている僕の妹は、そんなものを必要としていない、
迫害されて居ながら、僕の妹は自身のクラスの中心に存在する。
というよりも、中心に存在するからこその、孤独なのか。

 中心は、単一。
その他大勢から一定の距離を取られた円、その真ん中。
あそこまで行き着いた奇人を、僕は妹以外に知らない。
 

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